ワーケーションや越境学習で、企業も人材も常にアップデートが不可欠【スマート会議術第205回】

ワーケーションや越境学習で、企業も人材も常にアップデートが不可欠【スマート会議術第205回】一般社団法人官民共創未来コンソーシアム上席理事 箕浦龍一氏
「出社して、仕事をする」。そんな従来の“当たり前”が、テレワークの普及によって崩れ去り、「働く場所に縛られない」時代になった。さらに、企業には働く環境整備を含めた働き方改革やウェルビーイング(well-being)などへの対応が求められ、個々のビジネスパーソンにおいてもVUCA時代を生き残るためのリスキリングなどの重要性が高まっている。

そのような大きな社会環境の変化のなか、注目を集めているのが、ワーケーションや越境学習だ。これらの“普段とは異なる環境で働き、学ぶ”というスタイルの特徴や現状、企業・個人が取り組むメリットなどについて、元総務省の審議官で一般社団法人 官民共創未来コンソーシアムの上席理事を務める箕浦龍一氏にお話を伺った。
目次

ワーケーションとは、「枠を越える」こと

ワーケーションとは、「枠を越える」こと
――箕浦さんは、官民共創未来コンソーシアムをはじめ、さまざまな団体でワーケーションに関する取り組みを行っていらっしゃいます。そもそもワーケーションとは「テレワークなどを使って、普段の職場や生活環境とは異なる場所で仕事・生活を行う」ことですが、箕浦さんご自身はワーケーションとはどのようなものだとお考えですか?
ワーケーションは、「単に場所を変える」だけでなく「枠を越える」こと、まさに“越境学習”だと考えています。

自分が普段所属してる企業・組織のなかや、自分がいつもいる地域のなかだけにいると、同じ“景色”しか見ていないため、日常的に気づくことが限定的になってしまいます。

ですが、その枠や境を越えることによって、普段見ない“景色”や“知識”“情報”に触れられて、普段つながらない人たちとつながれるので、学びのインパクトが日常的な学びとは圧倒的に違うはずです。
――非日常の環境だからこそ、学びの幅や深さが増すのですね。
また、“学び合い”の場でもあると考えています。

多種多様な人たちが集まるワーケーションの場合、お互いの上下関係をベースにしないコミュニティができます。そうすると、年齢や年次、肩書きなどに関わらず、とてもフラットな人間関係が構築されます。

さらに、お互いの発言に対して、一定のリスペクトが生まれます。そのリスペクトがあるからこそ、どんなに若い方や学生が発言しても、その場でその人自身が感じて発した言葉に対して、周りの人が学べることがたくさんあります。

これが、実はワーケーションの一番のメリットだと思っています。

いま、“変化の時代”に入って、今後も終わることなく世の中が大きく変化し続けるなかで、組織も人材も常にアップデートしながら、“しなやかさ”を身につけることが求められます。

「そのために、何をすればよいか?」。その問いへの答えが、ワーケーション、つまり越境学習と学び合いだと私は考えています。

官と民が手を携えられる社会づくりを

――現在、箕浦さんが取り組んでいらっしゃるお仕事について教えてください。
フリーランスのコンサルタント的な立ち位置で、講習・研修のご依頼を受けることが多いです。地方自治体(以下、自治体)向けに、ワーケーション、関係人口(※)、DX、業務改革、働き方改革やマネジメント改革、人材育成などに関するお話をしています。
※住民や観光客以外の、その地域・人々に関わるさまざまな人々のこと

また、2024年度から立教大学 の特任教授も務めていて、公共政策・地方創生、キャリアデザインなどについて、学生とともに“学んで”います。どちらも、基本的に“人に教える”というよりも“人に伝える”仕事が中心です。
――複数の団体に関わっていらっしゃいますが、一般社団法人官民共創未来コンソーシアムでは、どのようなことを行っているのですか?
先ほどお話しした“変化の時代”のなかで、自治体や行政だけでできることがどんどん限定的になってきています。

たとえば、コロナ禍に自治体などの行政機関が地域住民を守るための活動を一生懸命行っていましたが、ワクチン接種申し込みのデジタル化など、専門性が高い分野で民間企業の協力を得たことで成功した事例も多く見られました。

それまでの行政機関は、そのような民間との協業をあまり行っておらず、新しいものを取り入れることに躊躇する傾向がありました。

一方で、民間企業側も行政機関とがっちりタッグを組んで仕事をした経験が少なく、行政ならではの“仕事の流儀”に慣れている企業も多くなかったと思います。

そのような“お互いの不慣れな部分”をサポートして、「官民が手を携えていける社会」に近づけることが、官民共創未来コンソーシアムの理念です。
官と民が手を携えられる社会づくりを
――どうすれば、その理念を実現できるとお考えですか。
私たちが力を入れているのは、まず自治体の人材教育・育成、特に幹部層の意識を変えることです。

これまでの閉鎖的な組織体質や組織文化を変えて、もっと民間や世界の状況に目を開きながら、必要に応じて世の中で起きていることを行政でも取り入れるべく、民間の人たちと連携できるアプローチや発想に変えていこうと取り組んでいます。
――そのほかの団体でのご活動も教えてください。
特別顧問を務めている一般社団法人日本ワーケーション協会は、ワーケーションを通して「多様性が許容される社会の実現」を目指す団体です。ワーケーションで地域を訪れる方々のコーディネートを行う現地の人材を育てるために、『公認ワーケーションコンシェルジュ』を認定する制度を実施しています。

すでに多くの方が全国各地で活躍されていて、協会のネットワークも大きく広がってきました。

そして、会長を務めるテレワーク・ワーケーション官民推進協議会では、観光庁と総務省、企業、自治体、個人などが参加して、官民が連携してテレワークとワーケーションを一体的に推進しています。

経営者向けや管理職向けのワーケーションイベントなど、さまざまな取り組みを行っていて、2025年度も全国で実施する予定です。“変化の時代”に突入したなかでアップデートできていない企業の経営者さん自身に、ぜひワーケーションを一度体験していただきたいと思います。

そして、「ワーケーションは、これからの企業活動に絶対必要だ」と手応えを感じていただいて、自社の社員にさまざまな地域へ行ってもらって、いろいろな人たちとつながっていただきたいですね。それが、私が目指したい世界像です。

地方には、企業にとって価値が高い“ビジネスヒント”が潜在する

――企業経営者向けに特化したイベントも行っていらっしゃるのですね。
はい。2023年に北海道富良野市で行った際は、約30名の経営者の方が参加されました。参加者同士のネットワークも広がりますし、富良野市長など現地自治体のさまざまな方と会う機会もあり、参加者にとって参加意義は大きかったのではないかと思います。

従来の経営感覚ですと、「社員を社費で地方に短期間行かせて、何の効果があるのか」と考えて、まずそこで足踏みする経営者の方も少なくありませんでした。しかし、経営者自身が最初に“できない理由”を挙げるのではなく、まずはご自身が体験してみることが大切だと思います。

そして、社員にもワーケーションを体験してもらう際に、事前に「会社のために役に立つものを持ち帰ってきてね」と伝えておけば、何かしら面白い報告が必ず上がってくるはずです。

そこから得られるものは絶対にあって、企業にとって重要なビジネスヒントになります。さらに、参加者が現地でつながった人たちが、自社にとって有益なクライアントになる可能性も生まれます。

そのようなメリットを理解して、ワーケーションを経営に有効活用できる企業が、今後生き残っていくと思います。
――まずは、経営者自身が、そして社員の方々が“地方”というものに実際に関わってみることが大切なのですね。
どんな場所に行っても、現地を注意深く味わえば、何ものにも代えがたい、企業にとって非常に高い価値のあるフィールドワークのネタが溢れています。

そのことを理解・実感するにも、まず経営者や管理職、人材系などの関係部署の方に体験していただければと思います。
地方には、企業にとって価値が高い“ビジネスヒント”が潜在する
――経営者以外の、ワーケーションの成功事例を教えてください。
たとえば、ワーケーションを各地で主催される中で、その土地が気に入って移住し、現地でさまざまなワーケーション関連イベントを企画・運営している島田由香さん という方がいらっしゃいます。

移り住んだ和歌山県みなべ町は、南高梅の原産地で、梅の栽培や梅干し製造、梅の加工品など、梅関連の産業が全産業の8割ほどを占めています。ところが、収穫を行う人手が足らず、お金を払って人を集めていましたが、それでも人手不足だったんですね。

そこに島田さんが着目して、「ワーケーションに来てくれた人に収穫を担って もらおう」と、2022年に『梅収穫ワーケーション』をスタートしました。5~7月の収穫期に実施していて、2024年には延べ350人以上が全国から参加するほど盛り上がっています。

以前はアルバイトに時給を払って収穫をお願いしていたのに、参加者の方々は遠方からの交通費や現地での滞在費などを自分で払って来てくださる。さらに、農家さんに「梅の収穫をやらせてください。やり方を教えてください」と“お願い”するわけです。これは、革命的な変化だと思います。
――ワーケーションが、地域の人手不足の解決に直接つながっているんですね。
そうです。さらに、参加者のみなさんが大満足して帰っていくのも特徴です。

参加者自身が滞在期間を決めて、毎日のように自分が割り当てられた農家さんに行って、指導を受けながら収穫作業を行います。その間、農家さんと一緒にお昼ご飯を食べたり、1日の収穫作業後にお酒を飲んだりしながら、お互いのことをいろいろ話すんですね。

そうすると、もう“友だち”になるわけです。家族ぐるみの付き合いになることも珍しくありません。

そうなれば、参加者の方がまた和歌山方面に行ったときに、その農家さんのところに立ち寄って、「また来ちゃいました」「おお、来たの!」って盛り上がるんですね。そんな最高なことって、普段はなかなか体験できないと思います。
――いわゆる“第二の故郷”ができるという感じで、参加者も受け入れ側もうれしいだろうなと思います。
そうですよね。そういった人間関係ができるケースはものすごく多いと思います。

実際に地方で暮らして、“日本の見え方”が大きく変わった

実際に地方で暮らして、“日本の見え方”が大きく変わった
――そもそも、箕浦さんは2021年に総務省を退官して独立されるまで、どのような仕事に携わっていたのですか?
国家公務員の人事制度や行政改革など、内部向けの行政管理系の仕事を長く行っていて、管理職になった頃からは働き方改革やオフィス改革を中心に取り組んでいました。

総務省での本業として地方と関わる機会はあまりなく、私自身は東京で生まれ育ったので、地方についてそれほど詳しくありませんでした。

若い頃に福井県警察本部で2年ほど勤務したことがありますが、それ以外は地方とダイレクトに関わる仕事はほとんどないまま、長い期間働いていました。
――ご自身も、地方で暮らしていらっしゃったことがあるのですね。
はい。福井で過ごした2年間は、自分にとってインパクトがかなり大きくて、“日本の見え方”が変わりました。

それまでずっと東京に住んでいたので、「自分が東京で見ている景色が、日本というものなんだろう」と無意識に思っていました。

でも、生まれて初めて地方で暮らすことになって、福井駅に初めて降り立ったときに「まさに地方の町だな」と思う一方で、「日本の大部分は、ここと同じなんだよな」と気づいたんです。

東京や大阪をはじめとする大都市は、人口は密集していますが、エリアとしてはすごく限定的ですよね。しかも、そこに集まっている人の数は、日本の全人口の半分にも満たない。そう考えたときに「それまで自分が東京で見聞きしていたものと、実際の日本は違う」と気づきました。

そこで自分の“日本の見え方”が大きく変わったことは、現在のワーケーションの活動にもつながっているのかもしれません。
――そのときから長い間、地方との関わりがなかったなかで、どのようにワーケーションに携わるようになったのですか?
2018年に、総務省へ視察に来られた長野県・軽井沢の方から「地元でワーケーションをやりたい」とご相談いただいたのがきっかけです。

最初は、ワーケーションがどういうものなのかよくわかりませんでしたが、試しに軽井沢へ行ってみて「これは面白い!」と感じました。

その後、何度か軽井沢に足を運んで、翌年に『軽井沢リゾートテレワーク協会』を立ち上げて本格的に動き出しました。それをきっかけに、長野県庁ともつながりができて、県内の他自治体との関係も深まり始めたんです。
――それをきっかけに、地方に大きく目を向けることになったのですね。
それ以外にも、私自身が総務省内で実践していた働き方やオフィスの改革などに関する講演を各地の自治体で行う機会が増えて、現地で「自治体の仕事の現場って、こんな悩みを抱えているんだ」と知ったことも、地方に目が向くようになったきっかけの一つです。

ワーケーションならば、お互いに高め合えるコミュニティがつくれる

ワーケーションならば、お互いに高め合えるコミュニティがつくれる
――先ほど、ワーケーションを「面白い!」と感じたというお話がありましたが、どのような想いで実際のワーケーションへの取り組みを始められたのですか。
最初は、「地方でテレワークができるのであれば、観光の閑散期に人を集めればいいのでは」という軽い発想で考えていました。

ところが、私自身が長野県千曲市のワーケーションに参加したときに、「参加者同士や地域の方々と、お互いに高め合えるコミュニティがつくれる」とわかったんですね。

そこで、「これからの時代の地域にとって、ものすごい起爆剤になるのではないか」と感じ始めて、「こういった地方の魅力に触れられる機会を、いろいろな地域に広げていきたい」という想いを持ちました。

それで、2019年に自治体の協議会をつくるために、和歌山県に出向していた後輩と一緒に動き出しました。

当時のワーケーションの先進地だった和歌山県や長野県、北海道の富良野市・北見市、長崎県五島市などに加わっていただいて、『ワーケーション自治体協議会(ワーケーション・アライアンス・ジャパン。通称、WAJ)を設立しました。
――その頃から、総務省の仕事として、本格的にワーケーションに関わり始めたのですね。
そうです。ワーケーション自治体協議会は現在も活動を続けていて、各自治体単体では限界がある対外プロモーションについて、ワーケーションに興味がある自治体が手を携えて民間企業に興味を持ってもらえる発信を行って、社会的インパクトもつくりたいと考えています。

それに加えて、当時、総務省のオフィス改革で関わった奈良県川上村の副村長さんと会食していて思いついたことがあったんですね。

その方は、昭和の頃に会社や役場などにいた“ちょっと説教くさいけど、頼りになる上司”といった感じで、「こういう方の下で、若手職員を鍛えてもらうのも面白いな」と思いました。

川上村も小規模自治体なために若い人材を育成する機会があまりないということで、「それぞれの若手を、1週間、“交換留学”させませんか」と提案しまして。そして、1度やってみたところ、「これはいいな」と手応えを感じました。

その後、総務省在籍中に他自治体とも5回ほど交換留学して、「お互いの仕事の仕方を生で感じてもらう」という取り組みを行いました。

そういった取り組みを通じて地域と深くつながることができたので、総務省を辞める前の5年ほどは、本業とは別に自分のライフワークとして無償で地域との関わりをさらに深めるようになりました。
――そのように地方との関わりが増えるなかで、どうして総務省を辞めて、独立されたのですか?
総務省時代も自分がやりたいことにチャレンジさせてもらっていたのですが、コロナ禍になって、地方に行くことがむずかしくなってしまいました。

多くの方々と「現地に行きます」という約束をしていたのですが、国家公務員の立場としては、地方への移動を控えなければならない。そのような状況で、「このまま公務員でいないほうが、自分はみなさんの役に立つんじゃないか」と思って、総務省を辞めました。

“虚構の同質性”から抜け出せない組織は、国内外の競争で勝ち残れない

“虚構の同質性”から抜け出せない組織は、国内外の競争で勝ち残れない
――日本のワーケーション、特に企業が社内制度として導入する“企業主導型ワーケーション”の現状について、どのように感じていらっしゃいますか?
「まだまだ、これから」という段階だと思います。

コロナ前は、テレワークの環境整備や制度導入ができていた日本の企業は2割もありませんでした。その状態で日本の社会が緊急事態宣言に突入して、テレワークが一般的になりましたが、ほとんどの企業は「会社外でも仕事できるよね」というレベルにようやく達した状況だと思います。

「もうコロナ禍も乗り越えたんだから、テレワークじゃなくて出社だろう」とい経営感を持っていらっしゃる企業もまだ多い気がします。しかし、これからは「出社か、テレワークか」というナンセンスな選択肢は通用しなくて、“どちらも”なんです。
――いわゆる“ハイブリッドワーク”の時代になっているわけですね。
その通りで、「出社もしてもらうけれども、必要に応じてリモートで仕事をしてもいいよ」という考え方です。テクノロジーとしてはすでにその環境が用意されているので、取り入れない手はないと思いますし、世界中が完全にハイブリッドワークの時代に突入してるのが現状です。

しかし、日本の企業は、まだそこまでたどり着けていません。

さらに、日本の企業や組織が抱えているもう一つの問題が、私が“虚構の同質性”と呼んでいる「組織に所属しているからには、同じ意識や考え方を共有できるはず」という幻想が残っていることです。これは、古い日本の公教育が生み出した問題でもあると思います。
実際には、多様な個性を持ったメンバーの集まりなのに、丁寧にチームを作り上げる努力をしていないから、現実にはまとまりのない集団に留まっています。その割に空気を読むことだけが暗黙に求められる息苦しさがあります。

“虚構の同質性”が強くて閉鎖的な組織は、変化が激しい時代に勝ち残ることはできません。

また、「上司を敬う」のはよいことですが、それと「上司は偉い」かどうかは別問題です。しかし、多くの日本の組織には、役職や年功による序列もいまだに残っています。

そういった組織が、世の中でいろいろな変化が起きていて、その変化が当たり前になっている時代に、変わることができるのか? それが、いまの日本の組織が直面している課題です。
――そのような組織を変革するためにも、ワーケーションによる意識改革が有効なのですね。
昨今よく話題にのぼる「VUCA」という言葉は、日本では新しいものに聞こえますが、アメリカでは四半世紀ほど前から言われています。それほど、日本は遅れてしまっているわけです。

そのように世界の変化についていけず、国際競争力も落ちているなかで、特に企業は「いままでの当たり前が、当たり前ではなくなった」ということを、ワーケーションを通じてさまざまな地域に行って、意識的に理解する必要があると思います。

そういったことを行わないと、ビジネス環境の変化に気付けないまま、滅びていくしかないかもしれません。

地方のワーケーション主催者の方にお話を伺うと、企業からの「ワーケーションをやってみたい」という相談がようやく徐々に増えているようです。企業の方々が興味を持ち始めてくれていることは、非常にいいことだと思います。

企業活動や人材育成を推進させるツールとしての、ワーケーション・越境学習のメリット

企業活動や人材育成を推進させるツールとしての、ワーケーション・越境学習のメリット
――ワーケーションや越境学習は、組織にとってどのような効用をもたらしますか?
「即効性のある外部の知見を吸収し、イノベーションを実現するための、最大のツール」だと思います。

たとえば、組織内でのOJTや上司・先輩の日常的なサポート・アドバイスには出てこないような“まったく違う目線からの情報”や、都心部では気づけない“地域目線での課題感”などを、実際にワーケーションを行った社員を通じて集められるツールです。

同時に、旧態依然とした社内教育・指導を受けて均質性や同質性が高まってしまっている若手社員に対して、いろいろな地域で多様なネットワークに触れさせることによって、個々の“虚構の同質性”からの脱却にもつながります。

そして、多様な価値観や情報を持った社員が、「自分のセンス・感覚・感性を大事にしながら、よりフラットに意見・アイデア・発想を出しやすくなる」ための人材育成に最適なツールだとも思っています。
――先ほど「自社にとって有益なクライアントになる可能性も生まれる」というお話がありましたが、地方での顧客獲得や事業エリア拡大のためのツールとしても活用できそうですね。
はい。一般的に、「スーツやネクタイを着用して、革のカバンを持って出張に行く」という営業スタイルが多いと思います。そうすると、現地の方は「小難しそうな人が来たな」と感じてしまうんですね。

そして、名刺を交換して単刀直入に「この地域で事業展開したい」とビジネスの話をしても、話を一応聞いてはくれるものの、あまり発展性はないし、発展するとしても時間がかかってしまいます。

そのような営業手法に対して、ワーケーションであれば、たとえば一緒にお酒を飲んだだけで営業先が一気に拡大する可能性もあります。「今度、うちに遊びに来てよ」という“友だち感覚”ですよね。
――企業が、そのような“営業活動”を戦略的に行ってもよいでしょうか。
いいと思います。特にその地域に本格参入したい場合、従来型の営業を行うよりも、ワーケーションのような形で、草の根活動的に社員をいろいろなエリアに滞在させて、さまざまな方たちとつながることがとても有効です。

「名刺をもらってきた枚数分、ボーナスをあげる」といった施策などを行ってもいいと思います。
――それだけ、ワーケーションならば人間関係がつくりやすいということですね。
そうです。従来はビジネス上の関係に留まってしまっていたものが、“人と人の関係”に発展するんですね。

そのように、社員の方々にいろいろなネットワークをつくってきてもらって、かつ滞在中にそれぞれが気づいたり学んだりしたことを報告してもらえば、それまでの地道な営業活動よりも、はるかに効率的に多くの生の情報が得られるはずです。

導入・実践するうえで、大切なポイントは?

導入・実践するうえで、大切なポイントは?
――企業がワーケーションや越境学習を導入・実践するうえで、大切なポイントを教えてください。
経営者の方々は、自社の業界や営業エリアなどでの経営者同士のつながりはお持ちだと思います。ですが、ワーケーションや越境学習を通じて「普段はつながらないような業界の方々とつながってみる」という体験をしていただきたいと考えています。

その際に、地元の企業経営者の方ではなく、たとえば農家さんなどとお話ししていただくと面白いかもしれません。

農家さんも“経営者”であり、しかも温暖化や災害の甚大化などの経営環境の激変の中経営の持続と向き合っていらした人たちです。そのような筋金入りの経営者である農家さんと、腰を据えて話しながら「この変わりゆく世界・社会環境のなかで、みなさんが事業を持続して発展させていくうえで、どんな工夫や苦労をしているのか」という話を聞いたり、実際に体験したりすると、学べることは多いと思います。
――管理職や一般職の方の場合は、いかがでしょうか。
「とにかく、自分が知らない人たちとのつながりを広げる」ということに尽きると思います。

そして、そこに集まった人同士のフラットな関係を意識して、年齢・役職・所属企業の規模などに関係なく、お互いに遠慮や気兼ねなく話すことです。

奇想天外なことでもいいので、意見を言い合って、そのアイデアについてそれぞれが受け止めて話し合う時間を経験することが大切でしょう。
――参加に乗り気ではない社員の方もいらっしゃると思いますが、どのように対応すればよいですか?
一番シンプルなケースとしては、自分の意思で参加した方が周囲に「楽しかった」といった感想や成果を話して、参加者自身の動き方・発想の仕方・発言などが目に見えて変わると、「自分もやってみようかな」と感じると思います。

逆に、現地へは行かず、いろいろな参加者が各地でつながった面白い方々を自社に呼ぶ方法もあります。

「全員が絶対に行わなければならない」と考えずに、柔軟な発想でワーケーションを取り入れてみるといいと思います。

働き方改革は、“やりがいを取り戻すための改革”

――企業にとって急務でもある“働き方改革”の観点から、ワーケーションのメリットを教えてください。
働き方改革というものは、“やりがいを取り戻すための改革”だと私は考えています。

そもそも国が働き方改革関連法をつくったとき、勤務時間や休暇、育休・産休などの制度ばかりがフォーカスされました。ですが、本当に解決すべき問題は、「従来の日本のビジネスの形や働き方では、本来生み出すべき価値を生み出せなくなった」ことだと思います。つまり、時代に合わなくなっているんですね。

そのような組織の問題を考え直すためにも、ワーケーションは有効な手段だと思います。

また、働く側の視点に立つと、たとえば週40時間働くなかで「実際に自社の利益に貢献できている時間は、2割くらい」と感じていた場合、残りの8割ほどは本人にとって「やりがいが低い」状態だといえます。

そのような“やりがいがない仕事の仕方”をしている組織は、今後さらに変化し続ける社会・時代で、競争に勝ち残れなくなります。

そうならないために、働いている方々が「この仕事を続けていれば、スキルが上がる」「いまの仕事で、時代への順応性が高まっている」といった実感を持てることがとても大切です。
――“デキる人材”こそ、そういう点に意識が向きそうですね。
ですから、「働きがいが感じられる職場環境を整えて、本当の意味で時代に合った価値や創造性が高い組織として、ビジネスを持続していけるか」ということが、働き方改革の真価だと思います。

そして個人としては、雇用の流動化が進むなかで、ワーケーションなどを活用して「自分自身のリスキリングやアップデートを行って、即戦力としての価値を常に高めていく」ことで、自分の市場価値も高める取り組みが大切です。

そういった優秀な即戦力人材が育てば、スピーディーかつ大きな時代の変化への順応性が高まるので、組織にとっても大きなメリットがあります。
――個人にとって、ワーケーションがもたらす効果を教えてください。
私の希望としては、「まず、自分の人間らしさを取り戻してもらいたい」と思っています。

先ほどお話ししたように、日本の公教育で「周りに合わせる」「空気を読む」ことを学校生活で身に着けて、大人になっても萎縮してしまっている人が多いと感じています。

たとえば、企業の会議で、本当に思っていることや感じていることはあるはずなのに、それを自分で押さえつけて発言しない社員も多いのではないでしょうか。

そういった方々に、ワーケーションというフラットな場を経験することで、「自分の感じ方や感覚、大切にしたい価値観などを、もっと大事にしてもいい」と気づいてほしいですね。

「社長はこう言っているけれど、間違っているのでは?」という違和感を大切にするといったことができるようにならないと、組織も個人も絶対にアップデートできません。

働き方改革という面でも、「これまでは『制度や組織に守ってもらわなければ』と考えて、組織の方針などにおもねらざるを得ず、抑圧されていた」という人たちが、より自由になって、組織や制度の側が一人一人に寄り添うような時代に向かうのではないかと思っています。

企業主導型ワーケーションで、自社に有用な価値を生み出すには

企業主導型ワーケーションで、自社に有用な価値を生み出すには
――企業主体で運用する“企業主導型ワーケーション”を行う際に、気をつけるべきことはありますか。
企業主導型ワーケーションに決まった形はなく、たとえば企業のメンバーだけで行うワーケーションにも一定の効果はあります。しかし、いわゆる“宿泊研修”や“合宿研修”のような、社員旅行的なオフサイトミーティング型ワーケーションは、やり方を工夫しないと、あまり効果が期待できないと私は考えています。

やはり、現地の方々と“交わり合わない”と、ワーケーションの本当の効果は期待できません。「地域の方々とのつながりが生まれた」ということが、企業にとって最大の価値になるはずです。

普段は一緒にいない人たちとやり取りするなかで、一人一人が持っている情報や価値観が交わり合うからこそ、新しい気づきや学びが生まれます。また、そこからイノベーションが起きる可能性もあります。

「いつも一緒にいる組織の人が、場所を変えた」だけでは、大きな変化は起こせないかもしれませんね。
――現地の方々と、どのように交流すればよいのでしょうか。
たとえば、ワーケーションコンシェルジュのような「この人に聞けば、地域のいろいろな方々とつないでくれる」という役割の方がいらっしゃれば、現地の面白い人を紹介してもらって、一緒にグループワークやブレスト、アイデアソンなどを行うことをおすすめします。

どんな地域にも、必ず“面白い人”がいます。たとえば、千曲市には「ダイアナ」というあだ名の面白いお母さんがいて、ご当地料理などをつくって振舞ってくれたりしています。このような現地体験は、個人にとって得がたい経験になるはずです。

また、夜の宴会を自分たちだけで宴会場などで行うのではなく、たとえば地元の面白いお店を紹介してもらって、そこに行ってみるという方法もあります。しかも、大人数で1つのお店に行ってしまうと地元の方と交流しにくいので、少人数のグループに分けて複数のお店に行くのもいいかもしれません。

そうすれば、お店の常連さんたちと話しやすくなって“友だち”になれますし、「今度、家族を連れておいでよ」といった話になれば、また訪れたくなるじゃないですか。やはり、そういった“人と人のつながり”が生まれるのが、ワーケーションの良さだと思います。
――企業主導型ワーケーションでも、働く人たちにメリットがあるのですね。
そうです。ですから、ありとあらゆるビジネスパーソンの方は、「いままで自分・自分たちが思っていた“当たり前”は、もう通用しないのでは?」ということを検証するためにも、どんどんワーケーションに参加して現地の方々と触れ合いながら、自分自身で物事を考えてみる機会を増やすべきだと思います。

“余白”をつくり、地域の人たちと分断しないことが重要

“余白”をつくり、地域の人たちと分断しないことが重要
――ワーケーションの受け入れ地となる地域にはどのようなことが求められますか?
「“余白”をつくってあげる」ことです。

たとえば、ワーケーションの失敗例として、「滞在期間中、いろいろな場所に行くスケジュールを詰め込んでしまう」ケースがあります。しかも、移動をすべて運営側のマイクロバスなどで案内すると、余白=自由な時間がまったくないんですね。

余白がないと、二つの問題が起きます。一つは、「ワーケーションだからワークをしたいけれども、ワークする時間がない」という問題です。

もう一つは、その地域のことを主体的に知ったり、地域の方々とつながりをつくったりする機会がなくなることです。
――たしかに、旅行や観光を楽しむために、事前に決めた予定以外の時間もつくっておくことは大切だなと思います。
その通りで、知らない土地を訪れる際に、余白はとても大事な要素です。自分が滞在している地域について、自ら感じて、咀嚼して、消化するために、余白はすごく重要な時間なんですね。

ですが、その時間的余裕や自由がないと、結果的に「疲れたけど、料理がおいしかったね」「温泉は良かったね」と感じるだけで、二度とその地を訪れない可能性があります。もちろん、地域の方々とのつながりも希薄になってしまいます。

半日や丸一日、自由に動ける時間をつくれば、それぞれが自分の好きなところに行くでしょう。そのときに、現地に詳しくない人は「空いている時間に、どこに行こう」と場所や行き方などを自分で調べて、自分自身でその場所に移動するはずです。

そうすると、自分自身に刻まれるその土地の印象は圧倒的に変わります。
――ほかにも、受け入れる側が注意すべきポイントはありますか?
自治体が主催する場合は、「自治体の担当者だけが、ずっと付き添う」ということが起こりがちです。そこに、地域の方々にも参加してもらうことが大切だと思います。

地域の方々と分断されたワーケーションは、さまざまな面でうまくいきません。たとえば、「参加者の満足度が低くなる」「地域の方々にとって、まったく関係やメリットがない」というリスクがあります。

そうではなく、地域の方々にも加わってもらって、結果的にお互いが「友だちがたくさんできて楽しかった!」といった体験につながらなければ、地域にとってメリットは少ないと思います。

地元の面白い人たちや、もしくは「現状を変えたい」と悩んでいる地元の方々を巻き込みながら実施するといいと思います。

公教育での導入や自治体の補助制度などを実現させたい

――今後、ワーケーションや越境学習をどのように発展させていきたいですか?
たとえば、「子どもたちが、居住地域以外の学校で1ヵ月間合宿して“留学体験”する」といったことを学習指導要領に盛り込むのも面白いと考えています。

私が教鞭をとっている大学 で、都会出身の学生に「社会に出てから、地方で働きたいか」と尋ねると、みなさん首を横に振ります。理由を詳しく聞いていくと、「地方について、“実感”として知らない」ことが原因だとわかりました。

ですから、地方での生活の実態などを、早い段階で経験させることは大切だと思います。

また、『Go To キャンペーン』のように、地元の方々がワーケーション参加者を招く際に自治体が宿泊代を補助する“友だち割”のような仕組みがつくれればいいなとも考えています。

そういう制度ができれば、もっとワーケーションの企画や参加がしやすくなりますし、その地域の関係人口も増えるはずです。

そのように、地方や企業・組織、個人にメリットや効果がある取り組みを、これからも実現していきたいと思います。
公教育での導入や自治体の補助制度などを実現させたい

文・あつしな・るせ
写真・大井成義

箕浦龍一(みのうら りゅういち)
2021年に総務省を退職・独立。フリーのコンサルタントとして、働き方改革や組織変革、マネジメント改革、DX、人材育成、地方創生等の分野で講演・研修事業を実施。現職中、ワーケーションの全国普及を目指し、ワーケーション自治体協議会の設立に参画。 総務省時代には、働き方改革、若手人材育成などに取り組み、働き方改革の取組で2018年の人事院総裁賞を受賞。 2023年2月には観光庁主催の「テレワーク・ワーケーション官民推進協議会」の会長に就任。 2024年4月から立教大学法学部の特任教授として、公共政策、地方創生、キャリアデザインなどを学生とともに学んでいる。
240527_会ドバナー
「会議HACK!」とは?

人気記事ランキング

最新インタビュー

新着記事

タグ

PAGE
TOP