研修は“イベント”ではなく、組織改革の“プロセス”【スマート会議術第202回】

研修は“イベント”ではなく、組織改革の“プロセス”【スマート会議術第202回】
コロナ禍を経て、リアル・オンラインという実施方法を含めて、研修やセミナーなど“知識やスキルを習得する機会”の在り方が変化した。今の時代に合った、失敗しない研修・セミナーのつくり方や運営方法とはどのようなものなのだろうか?

約20年にわたってさまざまな企業の教育研修の設計や実際の運営に携わっている志村智彦氏は、2020年のコロナ禍の緊急事態宣言が発令された際に、いち早く研修のオンライン化のノウハウを確立し、企業のオンライン研修を支援したことでも知られる。今回は、特に研修にフォーカスして、ビジネスパーソンや企業に役立つヒントを教えていただいた。
目次

組織改革の“プロセス”として、研修を設計することが重要

組織改革の“プロセス”として、研修を設計することが重要
――これまでコンサルティングを行ってきた研修やセミナーについて教えてください。
経営者向け研修などの“公開型”のものから、新人研修・中堅研修・管理職研修・役員研修といった企業向けの“階層型”のものまで、幅広い研修を設計・運営支援してきました。

また、セミナーに関しても、知識やスキルを学んで実践するための“知識習得型”のものや、企業が営業活動の一環として行う“顧客獲得型”など、さまざまなセミナーに関わってきました。
――企業の社内研修を行う際、「どのようにつくればいいのだろう……」と悩んでいる方も多いと思います。企業研修をつくるうえで大切なことは何ですか?
企業の研修においてもっとも大切なのは、「研修を単なる“イベント”ではなく、組織改革の“プロセス”として捉えて設計する」ことだと考えています。

これは、人材開発分野の世界的権威であるボブ・パイク氏(故人)が提唱するもので、私が海外のコンベンションに参加したときに感銘を受けた言葉でもあります。

研修自体の設計はもちろん、研修の事前準備と研修後のフォローアップをきちんと設計することが、人材開発や組織開発につながります。
――研修自体の内容以外に、なぜ研修前・研修後の設計が大切なのでしょうか。
そもそも企業研修には①お金を出す会社、②受講する本人、③現場で受講者を育てる上司、という三人の関係者が存在します。

研修前については、「会社側と受講者、上司の“目的”を合致させる」という社内のすり合わせが重要です。三者の目的を合致させておくことで、研修の効果や精度がより高まります。

また、「研修内容を、受講者にどう“届ける”か」を設計することも非常に大切です。

たとえば、以前、社内公募の中堅社員研修のご依頼を受けて、30、40代くらいの人が受講するイメージをもって、実際に会場へ行ってみると、ほとんど受講生が20代だったことがありました。これは、「中堅社員」の定義が社内外で異なる認識であったことと、人事側が受講者の方々に対して、事前の伝え方=届け方が適切ではないことで起きる現象です。

ですから、研修の目的や内容、受講対象となる層などを事前に伝える方法を考えることも大切になります。

さらに、“研修前に受講者のマインドセットを形成する方法”を考えておくことも必要です。研修の目的を周知したり、事前に“宿題”をしてもらったりといった一工夫を加えるといいでしょう。

研修後を設計するためには、“上司”がキーポイントに

――研修後に関しては、どのような設計が必要ですか?
まず、「知識やスキルをきちんと習得して、その結果、行動に移せたか」ということを念頭に置いた設計です。

また、「研修で個々が学んだことを活かして、どんな行動計画に基づいて、どう行動変革や組織変革を起こして、自社の目標や目的を実現するか」という最終ゴールを明確にしたうえで設計を行うことも必要です。

このような一貫した枠組みを設計せずに、ただ単に研修だけを行うと、期待していた成果は得られません。研修を企画する際に、内容や講師を選ぶことも大切ですが、それよりも全体設計が研修の成否をわけるポイントになります。
――先ほど、「受講者の上司の目的も合致させる」というお話がありましたが、上司も含める理由を教えてください。
「受講者が、どんな目的で、どういう研修・カリキュラムを行って、どんなサポート・フォローアップを行うべきか」を、上司の方に理解してもらうためです。

これを理解していないと、研修後に「研修はどうだった?」「よかったです」「それはよかった。がんばってね」で終わってしまいます。上司の方が研修の内容を把握して、「研修で学んだことを実行できているか」をフォローアップできないと、受講者の行動は変わりません。

受講者が、研修内容を踏まえたうえで「こうしていきたい」と考えたことに対して適切なアドバイスなどを行うことで、はじめて「研修が成功した」と言えると思います。
研修後を設計するためには、“上司”がキーポイントに
――事前に会社や上司が受講者と研修について共有や話し合いを行って、研修後も上司とメンバーがコミュニケーションを取り続ける“インナーコミュニケーション”が大切になるのですね。
そうです。たとえば、階層型研修の実施後に、人事評価基準と照らし合わせて「あなたは、どの程度実現できていますか?」ということだけでなく、「この目標を達成できれば、これくらいの昇給や昇格が可能です」という“ストーリー”を伝えられれば、研修の成果がより高まります。
――“ストーリー”という点で、自分自身の行動が自社の経営目標や理念の実現につながるという“ストーリー”を伝えることも重要そうだなと思いました。
その通りです。従業員数が増えて大規模な組織になると、日常的に“自分の仕事”しか考えられなくなりがちです。しかし、研修という機会を設けてフォローアップすることで、経営全体における自分の役割を認識して、“組織の一員”としての意識を持ってもらうことができます。

それが、研修を行う目的の一つであり、研修の意義でもあると思います。実際に最近は、「研修を通じて、自社の経営全体を底上げしたい」という中小企業様からのご依頼も増えています。

世界的な研修手法のスタンダードを発展させた、独自の『EAT-IN』

――受講者が飽きない研修をつくるには、どうすればいいですか?
受講者が「主体的に学ぼう」と思える研修の構成や進行を設計することです。

先述したボブ・パイク氏は、「90・20・8の法則」というものを提唱していらっしゃいます。この理論は、「90分に1度休憩して、20分に1度は講義をやめてディスカッションなどを行う。そして、8分に1度は意見を聞いたり何かを書くという“参加する時間”をつくる」というものです。

オンライン研修では、集中力が持続しにくいので「60:15:4」を私は提唱しています。ただ、最近は、対面でも「60:15:4」の方が良く、特に1日研修など長丁場の場合、お勧めです。

このような研修の構成と実際の研修時のファシリテーションがとても重要です。

また、ボブ・パイク氏の研修理論の1つに、『EAT』というフレームワークがあります。Eは「Experience/経験」、Aは「Awareness/気付き」、Tは「Theory/理論」です。

研修を理論の説明から始めるのではなく、「まず経験(E)する」→「そこから気付き(A)を得る」→「理論(T)を学ぶ」という順番で研修をデザインします。

私はこの『EAT』を発展させて、『EAT-IN』という手法を研修に取り込んでいます。
――それはどのような手法ですか?
たとえば管理職研修の場合、「研修で学んだ部下育成方法について、あなた自身の“自分ごと”として、自分の職場に『IN(導入)』する方法を考えてみてください(または、ディスカッションしてください)」というセッションを設けています。

このセッションを行うことで、研修で学んだ理論が腑に落ちて、実践もしやすくなります。
世界的な研修手法のスタンダードを発展させた、独自の『EAT-IN』

中小企業の“従業員巻き込み型”研修は、特に成果が見えやすい

――前回、“人を惹きつける”話し方について教えていただきましたが、ビジネスパーソン自身が研修やセミナーの講師を行う場合に“惹きつける”ためのアドバイスを教えてください。
“人を惹きつける”ための話し方と同様に、自分の経験に紐づいた話を盛り込んだり、経験に基づいたノウハウとして語ったりすると、相手に興味を持ってもらいやすくなりますし、相手の印象にも残ると思います。

また、「実感を込めて話す」「研修やセミナーだからといって、堅苦しい言い方をしない」といったことを実践すると、話の内容がより伝わりやすくなります。
――最近はどのような研修の成功事例がありますか?
大小さまざまな企業様のお手伝いをしてきましたが、従業員数が多い大規模な企業様では研修やセミナーの効果は測定しにくい一方で、中小規模の企業様は効果がはっきり見えることが多いですね。

たとえば、「従業員数約30名の企業様で、2代目社長と私が一緒に経営理念やビジョン、事業戦略をつくって、それを全社に浸透させる」という案件では、全社員向けの研修を行いました。

その際の研修設計で工夫したポイントとして、最初に経営理念などを社長が語るのではなく、まず従業員の皆さんに「この半年間・1年間で努力したこと」や「お客様に喜んでもらえたエピソード」を発表していただきました。そうすることで、会社側が現場の声を吸い上げられるという効果もあります。
――会社側からのメッセージだけでなく、従業員を巻き込むのですね。
そして、そこで出た現場の声を理解したうえで、社長が経営理念などを伝えました。伝え方についても、「自社のこれまで~今後」という“ストーリー”を踏まえて語ったことで、「研修後に従業員の皆さんのモチベーションが上がった」という効果が見られたそうです。

さらに、研修後に立食パーティーなどを行ったことで、全社的な結束力や団結力も高まりました。こういった効果的な研修を“長期的な経営戦略の一部”として設計することが重要です。

オンライン研修とリアル研修を、どうすみ分けるか?

オンライン研修とリアル研修を、どうすみ分けるか?
――志村さんは、コロナ禍で緊急事態宣言が発令された2020年4月の1ヵ月ほど前に、すでに研修をオンライン化するメソッドを確立していたとお聞きしました。コロナ前後で、研修や教育施策が「リアル→オンライン→リアルまたはハイブリッド」と変化しましたが、どのようにオンライン研修とリアル研修をすみ分ければいいでしょうか。
コロナかが始まった頃に「オンライン研修で、どのように学びを促進すればいいか」を考えて、「知識を学ぶだけならば、オンラインでできる」という1つの結論が出ました。

たとえば、自動車の運転免許を取るときに学科試験と実技試験がありますが、交通法規などの知識を学ぶ学科試験については、オンラインの講義や動画で知識を習得できます。ほかにも、TOEICなどの語学や法律の知識などもオンラインで学習が可能でしょう。

しかし、実際の運転方法は、リアルで学んで習得することが必要です。これは、「工場での機械操作を覚える」「カメラの撮影術を学ぶ」といった“スキル体得”全般に言えると思います。
――たしかに、知識はオンラインでも学べますが、実技はリアルでしか学べませんね。
また、人間の脳のメカニズム的に考えると、情報や知識、論理を言語として理解・インプットする“左脳”と、創造性や感情に関わる“右脳”がありますよね。研修には、左脳を主に使うものと、右脳を主に使うものが存在します。そのうち、知識をインプットする左脳型の研修は、オンラインで行うことが可能です。

一方、「アイデアを出し合う」「ディスカッションする」「意思決定を行う」「お互いの感覚をすり合わせる」「モチベーションを上げる」「皆で心を一つにする」など、右脳を使う研修はリアルで行うほうが良いと思います。リアル研修ならではの「皆が同じ場所にいる」ことも、効果的に作用します。

リアルで行うべき研修は――

――そのほかに、研修をリアルで行うメリットはありますか?
モチベーション理論の観点からは、人とのつながりや「褒められる」「認められる」「成長実感がある」などの右脳的な感情に関する部分にメリットがあります。

たとえば、プロジェクトを始める場合、実際の仕事を行ううえでは、一緒に働く相手の出身地や好きなモノなどはあまり関係ありませんよね。しかし、「どんな人物か」「どのような人間性か」など、お互いの背景情報や考え方がわかっていて、“共通言語”があると、チームビルディングがうまくいきます。

ですから、プロジェクトなどをスタートアップする際の研修やミーティングでは、「何のために、このプロジェクトをやるのか」という認識合わせや目標の合意形成なども含めて、リアルで1度集まって話す場を設けることが効果的です。

さらに、実施後に懇親会を行って相互理解や親睦を深めるなど、感情的なつながりをつくることもスムーズな組織運営につながります。

また、「新入社員研修で、同期入社同士のつながりをつくる」「入社2年目・3年目研修で、離職を防ぐ」といった目的がある場合は、リアルで実施することをお勧めします。いろいろな地方からの参加者がいる内定者研修は、予算との兼ね合いに応じてオンラインでの実施でもいいと思います。
――研修の目的を明確にして、オンラインとリアルをうまく使い分けることが大切なのですね。
そうです。「オンラインでできること」「リアルでやるべきこと」のすみ分けや、実施の目的、受講者、予算などに応じて、最適な方法を選ぶことが重要です。

管理職研修も、リアルで行ったほうがいいと思います。

さまざまな部署がある企業では、日常業務が忙しいなかで管理職同士が情報共有することは簡単ではありません。ですから、リアルで研修を行って、「それぞれの目標や会社としての目標を実現するために、一致団結していこう」というマインドや結束力を醸成することが望ましいです。
――最近は、会社からのハラスメント防止の徹底やエンゲージメントの強化などを求められ、部下からは心理的安全性の整備を求められて、その狭間に立っている中間管理層が多いと聞きます。そういった管理職向けの研修も増えていますか?
増えています。「ハラスメントを必要以上に恐れて、上司が叱れない」といった企業も多いです。働き方改革で、残業時間が減った影響もあり、上司と若手とのコミュニケーションが圧倒的に不足しているケースもよく見られます。

そういった課題を解決するために、管理職と若手が一緒に参加する研修などを行って、その場でコミュニケーションをしっかり取って、お互いに腹を割って話せるような時間をつくる必要もあると感じています。
――リアル研修を行う環境について、アドバイスがあれば教えてください。
私の経験上、自社内の会議室などではなく、日常”とは違う空間のほうが参加者の意識が変わって、いつもとは異なる良いアイデアが出やすいですし、トレーニングとしての効果も上がります。

また、広めで快適な空間のほうが、心理的な距離も確保できて、よりクリエイティブな発想ができやすいと思います。

「振り返り」やコミュニケーションの場としての研修の有効性

――志村さんにとって、どういう研修が“良い研修”ですか?
前回お話しした“良いプレゼン”と同じように、「TGA(ターゲット・ゴール・アクション)」を踏まえて設計することが、“良い研修”につながります。

「受講者が誰か(=ターゲット)」「自社が目指す“なりたい姿”を実現するために、受講対象者にどうなってほしいのか(=ゴール)」「目的達成のために、研修後の受講者の行動計画をどう立てるか。実際の行動に移すためのフォローアップをどう行うか(=アクション)」を明確にすることが大切です。

そして、最終的に「自社の目標・目的に向けて、受講者が行動を起こした」という結果を生み出すために、研修前・研修後も含めた全体的な設計も欠かせません。

また、研修を行う意義として、「学びを深める」ことに加えて、受講者が自分自身について「振り返る」という点があります。

若手の頃は知識やスキルを学ぶことが大切ですが、ある程度のキャリアを積んだ段階では「内省して、さらに前進する」ことも必要です。しかし、普段の仕事が忙しいと、自分自身の日々の行動を振り返ったり、今後の目標をゆっくり考えたりする時間を自分でつくるのはむずかしいと思います。

ですから、いわゆるPDCAの「C(チェック)」を行い、その後の自分の成長や目標について考える機会としても、研修を有効活用していただきたいと思います。

文・あつしな・るせ
写真・大井成義

志村智彦(しむら ともひこ)
志コンサルティング株式会社 代表取締役。中小企業診断士、経営管理修士(MBA)、法政大学大学院特任講師(2024年)。 立教大学法学部卒、これまで20年間の中で、150社以上の大・中・小の会社の人材教育や採用支援に携わる。
研修講師の育成にも携わり、劇団四季・元主役の佐藤政樹氏と「感動を創造する言葉の伝え方」の講座をつくり、経営者、講師、士業等を対象に展開する。
2020年のコロナ禍の緊急事態宣言下では、いち早くzoom研修の方法論をnoteで記載した所、1ヶ月16万PVとなり、「zoom研修」で検索1位(当時)になり「オンライン研修のプロ」と呼ばれるなど、研修手法や設計に深い知見を持っている。
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