志コンサルティング株式会社 代表取締役 志村智彦氏
相手に伝えるには、「実感して語る」ことが大切。研修プロデューサーとして、これまで大企業から中小企業まで約150社の研修などに携わった志村智彦氏は、そう話します。
『感動を創造する言葉の伝え方』などのプログラム化なども手がける“「伝える」プロ”である志村氏に、ビジネスパーソンに役立つプレゼンや話し方のコツをお聞きした。
目次
「実感して語る」ことが、人を惹きつけるポイント
- ――志村さんは、20年近く、企業研修の講師の育成に関わって、自らも講師として活躍されているとお聞きしました。その経験を通じて得た、ビジネスパーソンに役立つ“話し方”について教えてください。
- 世の中には、“話がうまい人”と“うまくない人”がいます。たとえば、情熱的に話している人に対して、聞く側が“引いて”しまったり、「なんとなく胡散臭いな」と思ったりすることがあると思います。
一方で、朴訥な話し方や淡々とした喋り方をしていても、「その人や話に惹きつけられる」こともありますよね。
また、同じ目的や意図を持って話していても、「話者によって、説得力が違う」というケースも珍しくありません。そういった違いがなぜ生じるのかを分析した結果、「実感して語る」ことが大切だとわかりました。
私は劇団四季で主役も務めた佐藤政樹氏と一緒に、話し方や言葉の伝え方に関する研究やセミナーの企画などを行っていて、佐藤氏も「演劇でも、セリフを『実感して語る』ことが重要」と言っています。
- ――なるほど、話すときの表現の仕方よりも、根本的な「実感がこもっているかどうか」が大切なのですね。
- そうです。これは、ビジネスでも日常でも同様で、自分自身が実感を込めて話していると、相手に伝わりやすくなります。
ある企業様の場合、「初代の創業社長の話は従業員をすごく惹きつけて、モチベーションも上げられていたのに、2代目社長の言葉は響かない」という課題がありました。これも、初代社長に比べて、2代目社長の話には“実感がこもっていない”ことが原因でした。
心に響き、感動を生み出す“言葉の伝え方”
- ――政治家のスピーチなどでも、「原稿を読んでいるだけで、なんとなく他人事っぽく聞こえるな」と感じることがあります。
- そうですよね。話し手がプロの研修講師でも、「すでに決まっている内容を暗記して話しているように感じるうえに、いかにも講師然とした定型の話し方だから、研修の内容が心に響かない」と感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
でも、すでに出来上がっている原稿を読むこと自体は悪いことではありません。結婚式で花嫁から親に贈る言葉などは、事前につくった原稿を読んでいても感動しますよね。
そのような“伝わり方”の違いが生まれるのは、やはり「本人の実感がこもっているか、いないか」という点が大きいと考えられます。そこで、これらのメカニズムをもとに佐藤さんと一緒に『感動を創造する言葉の伝え方』として研修プログラム化しました。
上場企業様をはじめ、さまざまな企業の経営者の方に個別トレーニングなども提供していて、「自分の実感がこもった言葉で話すことで、従業員たちが『もっと頑張ろう!』と思ってくれるようになった」といった声をいただいています。
このように「実感して語る」ことは、ビジネスパーソンの方がプレゼンなどを行う際にも非常に有効です。
言葉の“発声”と、頭のなかの“発想”を一致させる
- ――すでに話す内容(=原稿)が決まっている場合、「実感して語る」ためにどのような点に注意すればよいですか。
- たとえば、劇団四季では、舞台で言うべきセリフがすでに台本で決まっています。もちろんその内容を読み込んで覚えることも大切ですが、佐藤氏は「なぜ、自分はこの場所に出るのか」「なぜ、この言葉を言うのか」ということを意識として、自分のなかに落とし込んだうえで舞台に臨んでいたそうです。
私たちの普段の生活で例を挙げると、「いらっしゃいませ」という言葉がありますよね。これはあくまでも極論ですが、同じ「いらっしゃいませ」でも、コンビニの「いらっしゃいませ」と、高級旅館の「いらっしゃいませ」に違いを感じる方も少なくないと思います。
高級旅館の場合は、「ようこそいらっしゃいませ。はるばるお越しいただいて、ありがとうございます」といった相手の感情が込められているように感じられます。また、ホームパーティーなどでも、友人が来てくれたことがうれしいので、「いらっしゃい」に実感がこもっているはずです。
- ――たしかに、こちらに伝わってくるものが全然違いますね。
- この違いについて、私たちは「コンビニの『いらっしゃいませ』は、“唱えている”だけになっている」と考えています。つまり、“原稿を読んでいる”だけの状態です。そうではなく、言葉の“発声”と、頭のなかにある“発想”が一致したときにはじめて、自分の言葉が相手に伝わるのだと思います。
私自身もこのような話し方を意識していますし、研修講師を育成する際にも、「自分が講師をするときに、『組織変革を実現してもらいたいから』『リーダー層の方々にがんばってもらいたいから』といった“自分がその場に立つ理由”を意識してほしい」と伝えています。
「なぜ、この人から、この言葉が出ているのか」ということが伝われば、相手の心に響くはずです。
「なぜ、自分は、その話をするのか」を伝えよう
- ――「実感して語る」ことの大切さやそのための考え方がよくわかりました。でも、自分では実感を込めているつもりでも、相手にちゃんと伝わっているのかと心配になりそうです……。
- そういった場合は、「なぜ、自分は、その話をするのか?」という背景や目的、個人的な想いなどを、話自体に織り交ぜることをお勧めします。
たとえば、社内で新規事業の企画をプレゼンする場合、市場マーケティングやニーズの調査結果、今後の市場の動向予測、売上計画などのデータや理論を盛り込んだ素晴らしい企画書をつくって、自分としては実感を込めているつもりで話しても、プレゼンが失敗してしまうことがあります。
その原因は、相手に「結局、この人は何がやりたいのか、よくわからない」と思われているからだと考えられます。自分自身のWILL(意志)や想いなどが伝わらないと、プレゼンの内容が相手の心に響かないんですね。
「どんな想いを持って、自分はその企画を考えたのか」「それを成し遂げた結果、自分はどうしたいのか」といったことを15秒でも30秒でも語ることで、「なるほど、だからこの人はこんなに情熱が入っているんだ」と相手は話に惹きつけられます。
- ――そのようなことを話すタイミングも重要になるかと思いますが、最初に“つかみ”として話したほうがいいですか?
- その“場”の目的や自分が伝えたい内容、話す相手によって、適切なタイミングは異なります。
たとえば、社内での役員会向けの事業戦略のプレゼンであれば、最初に結論から話して、最後の締めとして自分の想いなどを伝えたほうがいいかもしれません。
研修やセミナーの場合は、最初に「今日、私はこういうことを話したいと思います。なぜなら、その理由は○○で、自分はこのようなことをやってきたので、そこで学んだ内容を皆さんにお伝えしたと考えています」と伝える方法もあります。
- ――自己紹介の1部として、自分が話をする背景などを伝えてから本題に入るという方法もあるのですね。
- 私が新卒採用のための会社説明会をサポートする際は、人事担当の方に「なぜ、自分はこの仕事やっているのか」「皆さんが入社してくれた結果、一緒にどんな会社をつくりたいのか」ということを、最後に1分でもいいから話していただきます。
実際に、そういった内容を締めの言葉に入れることで、応募率が約2倍になったケースもあります。
- ――相手に対する想いや期待も伝えることで、より共感を得られるのですね。
- そうです。たとえば、営業のプレゼンを行う際に「この商品をご購入いただくと、あなたにこんなことを実現していただける。そのお手伝いをするために、私はこの仕事をしているんです」と付け加えるだけで、人間味も伝わりますし、相手に自分の言葉がすんなり入っていくと思います。
自分の言葉に落とし込み、自分の経験を盛り込む
- ――「プレゼンなど、かしこまったシチュエーションになると、普段通りにうまく話せない」という悩みを持っている方も多いかもしれません。アドバイスをいただけますか。
- そのような方は、話す内容が“自分の言葉に落ちていない”のだと思います。自然な話し方ができるようになるには、「なぜ、自分がそれを話すのか」を意識して、“自分の言葉”として発信することが重要です。それが、相手に伝わる話し方につながります。
- ――いままで教えていていただいたこと以外に、相手を惹きつけるための話し方などはありますか?
- 自分の経験を盛り込むことも有効です。たとえば、セミナーや学校の授業などで、登壇者が一般的な統計データや“べき論”を語っているときに「つまらない」と感じていても、「先日、あの○○さんにお会いしまして」といった経験談が出ると「面白そう」と興味を持つ瞬間があると思います。
実際に“話がうまい人”には、そのような自分の経験を上手に盛り込む方が多いですね。
“良いプレゼン”には、“TGA”が不可欠
- ――志村さんが考える“良いプレゼン”とは、どのようなものですか?
- プレゼンには、自分1人だけでなく、必ず“聞く側”が存在します。そして、プレゼン(プレゼンテーション)の語源は、「プレゼント(贈り物)」です。ですから、相手の求めるものをしっかり理解することが大切になります。それがずれていなければ、悪いプレゼンにはならないはずです。
また、「相手がむずかしいことを知りたいのか。わかりやすい表現をしてほしいのか」といったレベル感も踏まえる必要もあります。
さらに、プレゼンの際に意識すべきことが“TGA”です。
Tは“ターゲット”で、「相手が誰か」ということです。話す相手に合わせて、プレゼンの構成や表現方法を考えます。
Gは“ゴール”で、「自分が話した結果、何をゴール=目的にするのか」ということをしっかり設定します。たとえば、営業のプレゼンであれば「購入を検討してもらう」「購入してもらう」、研修ならば「得た知識やスキルを、職場で活かしてもらう」ということになります。
Aは“アクション”で、「話を聞いてくれた人に、実際にゴールに向けたアクションを起こしてもらえるか」ということです。このアクションを相手が起こしてくれなければ、「いい話を聞けたな」で終わってしまいます。ですから、この部分がプレゼンでもっとも重要なポイントだといえます。
このように、「誰に対して、どのような目的の実現に向けて、どんな行動を起こしてもらうか」ということを明確にして話し、結果的に「自分の言葉が相手に伝わり、相手の行動が変わる」ということが、“良いプレゼン”だと思います。
文・あつしな・るせ
写真・大井成義
- 志村智彦(しむら ともひこ)
- 志コンサルティング株式会社 代表取締役。中小企業診断士、経営管理修士(MBA)、法政大学大学院特任講師(2024年)。
立教大学法学部卒、これまで20年間の中で、150社以上の大・中・小の会社の人材教育や採用支援に携わる。
研修講師の育成にも携わり、劇団四季・元主役の佐藤政樹氏と「感動を創造する言葉の伝え方」の講座をつくり、経営者、講師、士業等を対象に展開する。
2020年のコロナ禍の緊急事態宣言下では、いち早くzoom研修の方法論をnoteで記載した所、1ヶ月16万PVとなり、「zoom研修」で検索1位(当時)になり「オンライン研修のプロ」と呼ばれるなど、研修手法や設計に深い知見を持っている。