株式会社俺 代表取締役社長 中北朋宏氏
コメディケーションを生み出したのは、元お笑い芸人で、株式会社俺の代表取締役社長・中北朋宏氏。その経歴や“笑い”のロジックなどを活かして、芸人から転職したコンサルティング会社でNo.1営業になったという。
海外でも翻訳版が発売されている『おもしろい人が無意識にしている 神雑談力』の著者でもある同氏に、笑いの力で組織を変えるコメディケーションの詳細や、ビジネスにおける笑いの効果、企業での導入事例などをお聞きした。
目次
笑いの力を活用したコミュニケーション術
- ――笑いとコミュニケーションを組み合わせた『コメディケーション』は、元お笑い芸人の中北さんだからこそつくることができたユニークな考え方だと感じました。独自のメソッドであるコメディケーションについて教えてください。
- コメディケーションは、“笑いの力を活用したコミュニケーション術”です。企業様の課題によってさまざまな手法や用途がありますが、基本コンセプトは「仕事を自ら楽しくする」「楽しく働ける環境を自らつくる」ためのスキルになります。
当社の研修のテーマを例に挙げると、新入社員・若手社員向けの「自ら考え行動し、可愛がられる力」、管理職向けの「メンバーの本音を引き出し、必要なときは叱ってモチベートする力」、営業パーソン向けの「お客様の心を掴むアイスブレイク術」などがあります。
- ――職場における“笑い”とは、どのようなものだとお考えですか?
- 周囲から笑いを取るだけではなく、「笑顔でいること」も非常に重要だと私たちは考えています。ですから、「笑顔も、笑いの1つ」というのが私たちの捉え方です。
そこで、笑いと笑顔を活用した組織風土改革として、たとえば「笑顔が増えて、自ら関わっていく組織づくり」や「新規事業が生まれる環境づくりとアイデアの出し方」などの研修も提供しています。
“笑いがない職場環境”に違和感を持った
- ――「笑いの力」と一言で言っても、さまざまな側面があるのですね。中北さんがコメディケーションという発想に至った経緯を教えてください。
- 最初のきっかけは、芸人を辞めて就職したコンサルティング会社の学生支援事業のコンテンツの1つとして「笑いを教えてみよう」と考えたことです。実施すると意外に評判が良かったのに加えて、「笑いについて、ここまで言語化している人や、体系的にまとめられたコンテンツは意外に存在しないな」と気づきました。
そして、株式会社俺を設立したときにそのことを思い出して、試しにコメディケーションの研修を提供してみたんです。そうしたら、多くのご依頼をいただいて、本格的に事業化しました。
また、「以前の職場に、笑いがなかった」ことも、コメディケーションを発想したきっかけの1つです。
就職して一番衝撃を受けたのは、全体会議でボケたときに、ものすごく怒られたことです。それまでは、芸人として「ボケたら褒められる」のが普通だったので、「どうしてそんなに怒るんだろう?」とすごく違和感がありました。
- ――なるほど。笑いを大切にする芸人さんの感覚からすると不思議かもしれませんね。
- そうなんです。それ以外にも、先輩と一緒に顧客先に行ったときにボケたら、机の下で叩かれたり。あとから「ふざけるな」と言われて、自分としては「ふざけてはいけないって、どういうことだろう?」と思って、一体何が起こっているのか全然わかりませんでした(笑)。
「『仕事はつらくて、苦労してやるもので、楽しく笑顔でやるものはない』と考えているのは、なぜだろう?」という違和感が強かったですね。また、商談のときにアイスブレイクをあまり行わないことにも驚きました。
- ――そういった経験が、反面教師的にコメディケーションにもつながっているんですね。
- そうだと思います。そんなふうに自分では理解できない環境でしたが、会議で笑いながら発言している人もいました。その会議では明らかに一体感が生まれていて、いいアイデアが出て、生産性も高かったんです。そういう様子を見ていて、「やっぱり笑いは大切なんだな」と感じていました。
夢を諦めたけど、人生を諦めていない人のために
- ――御社では、コメディケーション事業以外にも、お笑い芸人中心の転職者支援サービス『芸人ネクスト』も行っていますよね。そもそも、どういった流れで起業されたのですか?
- 以前はお笑いトリオを組んで6年ほど活動していたのですが、残念ながら売れずに芸人を辞めました。そして就職先を探したのですが、ずっと芸人をしていたので就職の仕方がわからず、いい就職先も見つかりませんでした。
そこで、自分の兄に相談したんですね。彼は転職歴が30回以上あって、ある意味“転職の天才”“転職のスペシャリスト”なんです(笑)。兄につきっきりで転職をサポートしてもらって、いろいろな転職支援会社などに登録しました。
そして、私は人に恵まれた人生を歩んできたので「人の役に立つ仕事がしたい」と思ってコンサルティング会社への転職を考えていたのですが、ある人材紹介会社からこんなふうに言われました。
「あなたの学歴と経歴では、コンサルティング会社には入れません。○○や○○の仕事しかできません」。
- ――それは、あまり気分の良くない言い方ですね。
- しかも、へらへらと笑いながら言われたんです。その言葉を聞いて、「どうして、この人は『夢をあきらめた人間に、人生もあきらめろ』ということを言うのだろう」と思って、怒りがこみ上げてきました。その怒りが、起業の原動力にもなっています。
その後、第1希望のコンサルティング会社に就職して、紆余曲折を経てNo.1営業になりましたそして、ベンチャー企業にヘッドハンティングされて、人事責任者と拠点長も任されました。
でも、ベンチャー企業には、創業者の強い想いが込められた“ビジョン”がありますよね。それで、「どうして、この人の人生の目標を叶えるために、自分の人生を使わないといけないのか。もったいないな」と思い始めました。
- ――中北さん自身が、すでに創業者的なマインドを持っていらっしゃったんですね。
- そうかもしれません。そして、32歳で「自分がやりたいこと、できることをしよう」と起業を決断しました。
また、ちょうど同じタイミングで、自分と同期の多くの芸人たちが芸人を辞め始めました。そこで、「自分は何がやりたいのか」と考えて、自分のように「夢を諦めたけど、人生を諦めていない人のために」なることをしようと起業して、『芸人ネクスト』を始めました。
また、自分の転職を並走しながら支援してくれた兄がやってくれたことを自分でもできれば、みんなをサポートできるのではないかとも思いました。
なぜ、優秀なビジネスパーソンや管理職は、常に“笑顔”なのか?
- ――中北さんは「ビジネスにおいて、笑いは非常に重要」とおっしゃっていますが、笑いにはどのような効果やメリットがありますか?
- さまざまな効果がありますが、たとえばハーバード・ビジネス・スクールの調査結果では「コメディ動画見た後の従業員は、生産性が10%アップした」という報告があります。
さらに、従業員同士の関係の質やエンゲージメント、創造性の向上などの効果もありますし、精神的・身体的負荷も軽減された事例も見られます。
私が個人的に好きな笑いの効果は、“自己開示”できることです。笑いや笑顔は、そのときの自分の感情の自己開示だと思います。自己開示が常にできていると、お互いが安心できる関係や環境を構築することが可能です。
- ――心理的安全性のある環境が生まれるわけですね。
- おっしゃる通りです。また、仕事ができる優秀な方に共通する要素を洗い出すと、「笑顔で働いている」ことがわかります。
組織には上位2%の“エース社員”がいると言われていますが、その人たちは常に笑顔で働いていて、笑顔で人の話を聞く傾向が見られます。私は年間3000人ほどの企業の方にお会いしますが、活躍されている方は笑顔が多いですね。
たとえば、エネルギー系企業様の新卒入社数ヵ月後の社員数百人を対象にした研修で、ずっとニコニコしている方が何名かいました。研修後にその方々について聞いてみたところ、みなさんが「すでに職場で成果を出している」とのことでした。
また、管理職の方に関しても、業界を問わず、「笑顔が素敵で接しやすいな」と感じた方の部署や店舗の売上は非常に高いという点が共通しています。
- ――やはり「笑顔で、楽しく働く」ということは重要なのですね。
- 自分が楽しく仕事を働くだけでなく、周囲に好影響をもたらすために、笑いや笑顔はすごく必要です。
最近、「ハズレ」の上司の部下になってしまう“上司ガチャ”という言葉がよく聞かれますが、その理由で最も多いのが「コミュニケーションが取りにくい」ことだ言われています。やはり、気難しい顔をしている人とは話しづらいですよね。
- ――中北さんも経営者という管理する側の立場ですが、ご自身にとっては“笑い”とは何ですか?
- “笑い”は、“面白い”ということでもあると思います。そして、“面白い”を分解していくと、人が笑顔になれるだけでなく、ホラー映画やスポーツを“面白い”と感じる人もいることに気づきました。
つまり、“面白い”の共通点は「心が動く瞬間」だと私は考えています。ですから、コミュニケーションにおいて、“笑いの力”や“面白がる力”を通じて「人の心が動かせる」ことがとても重要だと思います。当社の従業員にも、“面白がる力”の大切さをいつも伝えています。
管理職・部下間の「心理的安全性のズレ」が解消された成功事例も
- ――現在のコメディケーション事業の主要な研修は「若手向け」「管理職向け」「営業パーソン向け」ということですが、特に依頼の多いものはありますか?
- 以前は「若手向け」が多かったのですが、いまの割合は「管理職向け」がほぼ半数に増えてきています。社数で言えば、「管理職向け」のほうが多いかもしれません。それだけ、管理職の方が抱える課題が増えているのだと思います。
- ――たしかに、「どうやって心理的安全性を生み出すか」など、管理職の方に求められることは増えていますね。
- そうですね。心理的安全性に関して、こんなエピソードがあります。ある企業の管理職の方が、会議の最後に「何か意見はある?」と若手の方に聞きました。すると、若手の方は「ありません」と答えて、会議が終わったといいます。
しかし、会議後に管理職の方がその若手社員に呼び出されて「あんな心理的安全性のない場で、私に意見を言わせないでください」とすごく怒られたらしいんですね。でも、管理職の方は「心理的安全性がある」と考えていたようです。
この話からわかるのは、「管理職と部下の間には、感覚のズレがある」ということです。心理的安全性というものは風土ですから、どちらかだけでなく、双方にとって存在していなければいけません。このようなズレが生じている企業は多いと思います。
- ――そのズレを、コメディケーションを活用して埋めていくのですね。そういった心理的安全性を確立するためにも、組織風土の改革が必要だと思います。多くの企業様と接するなかで、どのような課題を感じていますか?
- やはり、従業員同士の関係構築や、エンゲージメントや生産性の向上という課題が多いです。なかには、「新卒・中途を含めて毎年100人を採用しても、101人辞めてしまう」「いまだに社内に暴力がある」といったケースもあります。
また、あるメーカー様では、「安全に関する部門とデザイン部門という相反する志向を持つ2部署を統合したが、うまくいかない」という課題を抱える企業様もありました。
そのケースでは、まずワークショップで「自社がどういう組織を目指すのか」という“あるべき姿”を明確にして、「それぞれの理想を開示して関係構築を行いながら、一緒に未来を描いていく」という手法をとりました。これは、笑いをベースにして風土づくりを行った一例です。
やりたいことやキャリアを見つける『決めつけコーチング』のススメ
- ――実際に御社のコメディケーションの研修や講義を受けて、変化があった事例を教えてください。
- シンプルな例で言うと、「働いているメンバーの笑顔が増えた」「自分たちの欲求を言うようになった」といった変化が見られます。
そして、管理職の方については「自分自身が1on1を楽しんでいいんだと気づいた」という声が多いですね。
また、「部下のビジョンを一緒に描きながら、関係構築する」というコメディケーションのプロセスを通じて、それまでの部下・上司間の関係性や考え方が変わって、「一緒にチームの数字を達成しよう」という主体的な動きが増えたという事例もあります。
組織改革に関しては、重要なキーポイントである「それまでは周囲に伝えていなかった・伝えることを避けていた情報が、クリアに流れ始めた」という実例があります。
――コメディケーションのなかに、『決めつけコーチング』という手法もあるのとお聞きしました。
はい。自分がやりたいことやキャリアプランを見つけるための手法です。
「働く人の8割以上が、やりたいことがない」というデータがあるように、ほとんどの方が自分の意志による“山登り型”ではなく、流れに任せる“川下り型”でキャリアを積んでいます。
そして、「自分でやりたいことを探さなければならない」と思っている一方で、「誰か教えてくれないかな」と考えていると私は感じています。
管理職でも若手でも、「あなたの強みはこれですよ」と客観的に言われるとうれしいですよね。ですから、決めつけコーチングでは、一般的な「相手のやりたいことは、相手のなかにある」というコーチングを真っ向から否定して、「そもそも、やりたいことがない」ということを前提にしています。
- ――一般的なコーチングへのアンチテーゼ的な発想なのですね。
- そうです。特に若手の方にありがちな「十分な経験や知識がなくて、自分の選択肢がわからない」という状態では、やりたいことはそもそも生まれないと思います。なので、個人の悩みや課題に対して「第一歩として、あなたはこれをすべきです」と他者が決めつけるんですね。
そして、その決めつけられた行動を繰り返すことで、「上司から『主体的』だと高い評価を得た」「3ヵ月後に新規事業をつくって、プロジェクトマネージャーになった」「数万名規模の企業で、新しい事業を提案して表彰された」といった大きな効果や変化が見られています。
文・あつしな・るせ
写真・大井成義
- 中北 朋宏(なかきた ともひろ)
- 浅井企画で芸人として活動後、人事系コンサル会社に就職。営業MVP等数々の賞を受賞。2018年2月に株式会社俺を設立。 お笑い芸人からの転職支援「芸人ネクスト」、笑いの力で組織を変える「コメディケーション」の事業を展開。 これまでに「芸人ネクスト」で100名以上の芸人の転職に関わり、「コメディケーション」は約260社以上の企業に導入され、受講者は26,000名を超えています。 3冊の出版をおこなっており、ベストセラーを記録しています。 1作目「ウケるは最強のビジネススキルである。」日本経済新聞社 2作目「コンプレックスは営業の最高の武器である。」日本経済新聞社 3作目「おもしろい人が無意識にしている 神雑談力」東洋経済新報社