コニカミノルタジャパン株式会社 執行役員 ワークスタイルデザイン事業部 空間デザイン事業推進部長 宮本晃氏
インナーコミュニケーション強化、従業員満足度アップ、生産性の向上、コスト削減など、さまざまな経営課題を解決するために、企業はどのように“自社に合ったオフィス”づくりに取り組んでいるのか――。
「オフィスは、コストではなく投資であり、経営戦略の一部」と語るコニカミノルタジャパン株式会社のワークスタイルデザイン事業部 空間デザイン事業推進部長の宮本晃氏に、オフィスリニューアルの成功事例などを教えていただいた。
目次
“島型”とABWを混在させたオフィスデザインの事例
- ――これまでに御社が手がけたオフィス空間デザインの事例を教えてください。
- 前回も少しお話ししましたが、三井物産ケミカル様 のケースは、まさに従業員の方々の想いに寄り添ったデザインで、みなさんのアンケートやワークショップで出た意見を取りまとめてつくられたオフィスです。
以前は、デスクが整然と“島型”に並んでいる、昔ながらの一般的なオフィスレイアウトでした。今回のリニューアルデザインでは、自由に働く場所を選べる“ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)”を導入しています。
“コラボレーション”“集中”“リラックス”など、機能の異なるスペースを設けて、柔軟な働き方や部署間のコミュニケーションの促進、出社意欲の向上を実現しています。
画像提供:コニカミノルタジャパン様
- ――写真では左右のスペースがはっきり分かれていて、“ビフォア&アフター”のように加工された画像に見えますが、これが実際のオフィスのデザインなのですか?
- そうです。とてもユニークなオフィスデザインで、右側が従来のようにデスクワークができる島型のレイアウトになっています。そして、左側がABWを意識したスペースです。このデザインは、事前のワークショップで従業員の方々から出た「古いものと新しいものの、両方の良さが共存していてもいいのでは?」という意見を反映しています。
同社のワークショップでは、当社独自の空間設計手法『プログラミングデザイン・タスクフロー』* を活用しました。部門ごとのオフィスに対するニーズの違いや潜在的な課題などを視覚化して、理想のオフィスイメージを明確にして生まれたのが、このオフィスデザインです。
また、同社では「企業規模の拡大に伴って、社員が増えてオフィスが手狭になった」という課題もありました。そこで、今後さらに企業規模が拡大することも視野に入れて、フリーアドレス化によって執務スペースを最大限に有効活用しています。
※プログラミングデザイン・タスクフロー:お客様の目的や理想の働き方・働く環境に合わせて、従業員の行動特性を分析・整理しデザインを行うコニカミノルタジャパン独自の空間設計手法
画像提供:コニカミノルタジャパン様
すべてを新しくするのではなく、自社が大切にしてきたものは残す
- ――多くの企業には、若手スタッフもいれば、ベテランの従業員も在籍しています。ですから、最新の“オフィスの在り方”というものに囚われず、年齢層なども含めて、自社の実情に合ったオフィスデザインを考えることが大切なのですね。
- その通りです。何でも新しいものに変えればいいわけではないと思います。自社が守り続けてきた考え方やポリシー、残していきたい文化というものを大切にしながら、変える必要がある部分は変えることが重要です。
三井物産ケミカル様のデザインコンセプトも、さまざまな社歴や年齢層の従業員の方々の意見を取り入れたものです。その結果、最終的に「古さと新しさを混在させて、働く人たちみんなが満足する、誰も“置き去り”にしないオフィスデザイン」が出来上がりました。
- ――オフィスのリニューアルや移転を考える際、トップダウンではなく、従業員のプロジェクトチームを結成して取り組んだほうがいいでしょうか。
- そう思います。従業員の生の声を反映しやすいのに加えて、一緒に苦労しながら自分たちのオフィスを考えることで、「大きな成功体験を共有できる」というメリットもあります。
また、普段の仕事上では接点がない従業員同士がプロジェクトを通してさまざまなコミュニケーションをできるので、将来的に同じ職場で働いたり、別のプロジェクトを一緒に動かしたりする際もスムーズに人間関係を構築できます。
この事例のように、ただ単にすべてをABW化するのではなく、「実際に働く方々の声を組み込んで、自分たちで自社に最適なオフィスを考えていく」ことが従業員満足度やエンゲージメントの向上にもつながります。これは、経営的視点においても非常に重要なポイントです。
実験棟内の事務所リニューアルで、生産性が向上
- ――前回、「オフィスのリニューアルや引っ越しによる生産性向上の効果を数値化するのは、現段階ではむずかしい」というお話がありましたが、実際の現場の感覚として「生産性が上がった」という事例があれば教えてください。
- いくつかありますが、ヤマハ発動機様 の実験棟内の事務所をリニューアルした事例をご紹介します。
部門間のコミュニケーションを促進させる「ライトなコミュニケーションがあふれる職場」をコンセプトに、「ソロ(個人)とチームとの調和」を目指して、個人が仕事をするスペースとチームミーティングができるソファーラウンジなどを混在させています。
個人ワークとチームワークの行き来がしやすいレイアウトにすることで、部門やプロジェクトを超えて従業員同士の新たな接点や自然なコミュニケーションを促進する空間デザインです。
画像提供:コニカミノルタジャパン様
- ――写真を見ると、従来の“実験棟内の事務所”というイメージとはまったく違いますね。
- そうなんです。このリニューアル実施後の従業員アンケートやヒアリングなどを通じて、「雰囲気が大きく変わって、非常に満足度が高く、生産性も高くなった」という成果が見られたと聞いています。
従来は施設・工場の設備や機械に投資する企業様が多かったのですが、最近はそこで働く方々の働きがいやエンゲージメントを高めるために、付随するオフィスや食堂をリニューアルする事例が増えています。ヤマハ発動機様からも、このリニューアル後に他施設のリニューアルのご相談を数多くいただいています。
画像提供:コニカミノルタジャパン様
アフターコロナ時代に求められるペーパーレス化
- “紙”に関する課題を持っている企業は多そうですね。
- 非常に多いです。コロナ禍を経て「オフィスだけで働く」という時代ではなくなったいま、「紙書類がないと仕事ができない」という状況では従業員に出社を強いることになってしまいます。また、大量の紙書類を社外で常に持ち歩くことも、現実的ではありません。
ですから、アフターコロナのニューノーマル時代の働き方に対応するには、オフィスのリニューアルだけでなく、ワークフローも一緒に変えることが大切です。
- ――電子帳簿保存法など、企業のペーパーレスが進むいまこそ、オフィス空間とワークフローをあわせて改革する絶好のタイミングかもしれませんね。
- おっしゃる通りです。オフィスのリニューアルや引っ越しを行う際に、一時的にペーパーレス化はできますが、すぐにリバウンドして紙が増えてしまいます。ですから、不要な紙を捨てるだけでなく、いわゆるハンコ文化などさまざまな“紙を生む業務フロー”を見直して、ペーパーレスを維持することが重要です。
“完成しないオフィス”で、継続的な社内の活性化も
- ――各企業の状況によって異なると思いますが、オフィスのデザインを変えて、どのくらいの期間でさまざまな効果が見られますか?
- 前回お話しした「リニューアルが完了した次の出社日の朝、従業員の方々の表情が明るくなった」といった効果はすぐに現れます。そして、実施直後の3ヵ月間ほどは“ハネムーン効果”があるので、従業員アンケートでは「よくなった」「効果があった」という回答が大半を占めます。
しかし、本当に大切なのはその期間のあとで、デザイン変更から3ヵ月~1年後の間にアンケートを再度行うと、良い点だけでなく悪い点も表面化してきます。それらをもとに、実際の効果を見極めることが大切です。
- ――「事前に、従業員みんなで“自社に最適なオフィスデザイン”を考える必要がある」というお話がありましたが、リニューアルや引っ越し後も継続して従業員の方々の声を拾っていくことが重要なのですね。
- その通りです。当社もそうなのですが、さまざまなメンバーが集まってオフィスリニューアルプロジェクトを立ち上げて、従業員たちの声をもとにデザインコンセプトを固めても、オフィス完成後に「当初の目的・目標が実現できていない」という状況が発生することも珍しくありません。
そのような事態を避けるためにも、継続的な見直しは大切だと思います。しかし、自社に最適なオフィスデザインの“正解”を見つけるのは非常に難しいことです。ですから、私は“完成しないオフィス”という考え方でもいいと思っています。
あえて“未完成のまま”でいることで、「次は、このエリアを変えよう」といった新たなアイデアが生まれる可能性があります。また、現在のように世の中の移り変わりが速い時代では、多大な費用をかけて“完成”させても、1年後にはまた新しい考え方や仕組みが出てくるかもしれません。
- ――従業員の方々にとっても、「次はこうしよう」といろいろ考えるほうが楽しそうですね。プロジェクトチーム内はもちろん、社内全体のインナーコミュニケーションや風土も活性化すると思います。
- そうです。もちろん一気に完成形をつくるのもいいと思いますが、「少しずつ変えていこう」と考えることで、従業員の方の新鮮な気持ちを持続できるという効果も期待できます。
オフィスを“経営戦略”と捉え、課題解決や社内改革を
- ――“従業員が出社したくなるオフィス”とは、どのようなものでしょうか?
- “愛着が湧くオフィス”だと思います。そのためにも、従業員の方自身が新しいオフィス像を考えるプロセスを大切にするのはもちろんですが、会社側からの事前の情報発信も重要です。
たとえば、「こんなオフィスになります」「こういう使い方ができます」「(移転の場合は)近くに、こんなおいしい飲食店があります」といったさまざまな情報を発信すれば、従業員の方々の納得感や期待感も高まります。
- ――オフィスを移転すると通勤時間が長くなってしまう方もいると思うので、そういった方の理解を得ることも大切ですね。
- はい。やはり、オフィスのロケーションは従業員の方にとって大きな問題だと思います。ですから、「家から遠くなる」というマイナス要素を感じる方に対して、それをプラスに変えるような情報を提供することが必要です。
また、「完成まで○日!」といったカウントダウンを行えば、従業員のみなさんの“ワクワク感”が醸成されます。そういった自社内のインナープロモーションも大切です。
- ――宮本さんは、企業にとって“オフィスの空間デザイン”とは何だとお考えですか?
- 「経営戦略の1つ」だと思います。以前は、企業にとってオフィスというものは「コスト」だと考えられていました。しかし、いまや「オフィスは経営戦略の一部であり、『投資』だ」と考える企業様が増えているのが現状です。
今回ご紹介した事例以外にも、多くの企業様が戦略的なオフィス空間デザインを通じてさまざまな経営課題を解決しています。
- ――企業規模に関わらず、経営者や経営陣がそのような意識を持って、自ら率先してコミットしていくことも重要そうですね。
- そうです。当社のお客様でも、いわゆる中小企業様での成功事例が数多くあって、「少数精鋭だからこそ、経営者の方を筆頭にオフィス変革をスピーディーに進められる」という利点があると感じています。
さらに、オフィス空間を変えるだけで社内全体のイメージが大きく変わるきっかけにもなるので、社内改革として非常に効果的です。一度にお金をかけて“完成”させることが難しい場合でも、自社に合ったオフィスをみんなで考えながら、少しずつつくり上げていくことをお勧めします。
文・あつしな・るせ
写真・大井成義