株式会社フリービズ 代表取締役 角井秀行氏
そこで今回、大手企業や自治体をはじめとする組織のインナーコミュニケーションなどのコンサルティングを行い、同時に大学生向けのキャリアカウンセラーも務めて、〈企業と求職者の両側〉に精通する株式会社フリービズ 代表取締役の角井秀行氏に、“組織におけるインナーコミュニケーション”についてお話を聞いた。
目次
社員の主体性と“幸せ”を生み出すのが、インナーコミュニケーションの目的
- ――角井さんがコンサルティングを行っているインナーコミュニケーションと、「社員同士が仲良く話す=コミュニケーションを取る」こととの違いは何ですか?
- 「社員同士の仲が良く、不満やモヤモヤなども何でも言える」という関係性や心理的安全性はもちろん大切です。それらが確立されたうえで、社員自身が現状を変えよう、そのために周囲と積極的に関わろう、という主体的・自主的な意識を個々に芽生えさせるのが、インナーコミュニケーションです。
- 業務効率や業績向上といった“会社主語”の目的ではなく、“働く人”が「会社と同じベクトルに向かっていきたい」「自発的に頑張りたい」と本気で思える環境づくりを目指します。その結果が会社の業績や生産性の向上にもつながりますが、あくまでも目的は“個人の幸せ”です。
- ――なるほど。社員同士が言いたいことを言い合える環境であっても、必ずしもインナーコミュニケーションができているわけではないのですね。
- 「うちはフランクな社風だから、インナーコミュニケーションは当たり前にできているよ」とおっしゃる経営者の方もいらっしゃいますが、必ずしも自由に気兼ねなく発言できる環境=企業にとっても働く人にとっても幸せな環境ではないと感じています。
意図的に会社や上司が関係性・環境をつくることが必要
- ――どのように、インナーコミュニケーションをつくっていけばよいのですか?
- 本来のインナーコミュニケーションとは、「放っておいても、自然にできるもの」ではありません。意図的に「立場や年齢などに関係なく、社員同士がアドバイス・意見・相談などをお互いに言い合いやすい環境をつくる」工夫が必要だと思います。
- さらに、「ただ単に社員同士が会話をする」のではなく、たとえば「ミーティングで、○○さんの発言に対して、△△さんに意見を出してほしい」といった上司の意図を踏まえたコミュニケーションを生み出すことも大切です。
- また、「社内で、誰と誰が、どんな会話をしているか」ということを、リーダーやマネジャークラスが“把握”できる環境も重要です。決して会話を“管理”するのではなく、「自然に耳に入ってくる」というイメージですね。この“把握”ができているチームは、仕事上でも結果を出しているケースが多く見られます。
- ――最初は、そのような社員同士のコミュニケーションを会社側が意図的につくっても、最終的にそれが自然にできる環境や風土になるのが理想の形ですね。
- おっしゃる通りです。「話しやすいから、何でも相談できる」ではなく、「チームとして同じ目標に向かいながら、前向きに、そしてフラットに意見を言い合える」という関係性をつくるためには、やはり会社や上司が意図的に取り組む努力が欠かせません。
- 「みんな楽しそうに働いているけど、どこに問題があるの?」とおっしゃる経営者の方もいらっしゃいます。しかし、現状では社員同士のコミュニケーションが良好でも、「その状態を今後もずっと繰り返せるか」「まったく個性が違う人が入社しても同じ関係性を保てるか」ということを考える必要があるんじゃないでしょうか。
- ――社員同士の属人的な関係性ではなく、会社としてそういう人間関係ができる“仕組み”をつくることが必要なのですね。
- そうです。そこで注意すべきポイントは、会社側から「インナーコミュニケーションを推進するために何をすべきか」というルールを押しつけないことです。
- 言いたいことを言い合える風土は簡単にはつくれませんから、時間をかけて社員同士がお互いについて知って、共有できる機会を設け続けることで、風土として定着させていくのが理想です。
- 上司から「困ったことあったら 何でも言ってきて」と言われても、関係性ができていないと言いにくいですよね。ですから、たとえば「自分たちの職場環境や従業員それぞれの個性、シチュエーションなどにあわせて、さまざまな“承認”を行う」など、地道な積み重ねが大切です。
- そのようにいろいろなことを試しているうちに、自然にインナーコミュニケーションが活性化していくケースが多いと思います。
組織と人が“同じ体験”を通じて、共に成長するために
- ――角井さんが企業のインナーコミュニケーションに携わるようになった経緯を教えてください。
- 私は20年以上、株式会社リクルートで、大手企業を中心に人材採用広報の支援を行っていました。
- 最終的にメンバーを多数抱える大きな組織の管理職もやらせていただいたんですが、当時はまさにインナーコミュニケーションが実践できず組織長失格だったと思っています(笑)。ただ退職した直接の理由は、個々の採用・就職の現場と、まさに「点」で向き合う仕事をしたかったからです。
- それまでも、「企業の人材採用がうまくいって、幸せに働ける人を増やす」という仕事に関わっていました。でも、「私1人が及ぼすことができる力や影響で、1人でも『良かった』『幸せ』と思ってもらえる仕事がしたい」「そのような成果を、目の前できちんと実感したい」と思ったんです。
- ――それで、大学生向けキャリアカウンセラーや大学のキャリアデザイン講座講師なども務めるようになったのですね。
- そうです。そして、「学生さんと“働く場”である企業さんのことをきちんと理解して、両者をつなぎたい」と考えて、2015年に株式会社フリービズを設立しました。
- その当時の「企業側が“働く人たちのためにやるべきこと”や“働く人たちと一緒につくっていくもの”を真剣に考えて、社内で共有する必要がある」という想いが、インナーコミュニケーションに携わるようになったきっかけです。
- 「組織と働く人が“同じ体験”をすることを通じて、共に成長できる」というシーンを生み出すための基盤づくりこそが、インナーコミュニケーションだと私は考えています。
- ですから、ただ単にインナーコミュニケーションのツールや施策を導入するのではなく、「自分たちのビジョンや目標に向かって一緒に取り組んでいく仲間同士が、どういう会話をして、どんな行動をとっていくか」を真剣に考えて形にしていくことが、企業のみなさんにとって大切だと思います。
- ――実際にそこまで考えてインナーコミュニケーションができている企業は多いとお感じですか?
- いろいろな企業様とお話しする機会がありますが、そこに課題を感じていらっしゃる方は多いと思います。ただ、こうすべきという正解があるわけではないので「できている」「できていない」で語るのは難しいのですが。
- 社員の方々は、会社のビジョンや目標、考え方などに同感・共感できなければ退職してしまいます。でも、会社が真剣にインナーコミュニケーションができる環境づくりに取り組んで、自社の想いを伝えていけば、会社と働く方々とのミスマッチも徐々に減って、組織も人も成長する幸せなケースが増えると思います。
インナーコミュニケーションで、ビジョンを浸透させる
- ――「ビジョンの実現を目指すためには、インナーコミュニケーションが重要」とのことですが、企業がビジョン実現のためのインナーコミュニケーションに取り組むうえでのヒントを教えてください。
- ビジョンは、たとえば「2030年に実現しなければならない」という具体的な目標であったり、中長期的な事業の方向性を示すケースもあります。ただビジョンの意味やそこに込めた想い・背景を理解し、それに共感して、自主的に従業員が行動をしないとビジョンの実現は難しくなります。
- そのために、理解・共感を推進する仕組みや、経営陣と社員の対話会、ワークショップなどのインナーコミュニケーション施策を続けることが大切になります。
- 「組織の人材は、“積極的に動く2割”“平均的な6割”“意欲が低い2割”にわかれる」という『262の法則』があります。この理論に沿って考えると、まずは最初の2割の人たちだけでいいので、「一緒にビジョン実現に向けてやっていこう」というモードづくりから始めます。
- そして、その2割の行動を承認して定着させながら、インナーコミュニケーションを通じてその状況を社内広報して次の6割の人まで巻き込んでいくことが大切です。
- ――私は会議HACK!を担当していますが、自社内では異なる職種の社員も多く顧客先に常駐している社員もいて、会社として社員に均等にビジョンを浸透させることが難しいと感じることもあります。
- たしかに、そのような課題を抱えていらっしゃる企業様は多いですよね。
- たとえば、メーカーでは、開発・営業・事務などの職種によって特徴がまったく異なりますし、組織間の“壁”がある場合もあります。1つの会社としてみんながつながって、1つのビジョン実現に向かうには、みんなの“共通項”を見つけることが最初の一歩です。
- たとえば、「お客様や世の中に、こんな価値を提供したい」「こういう想いで仕事をしている」といった共通項が見つかれば、「自分と同じなんだな」という相互理解の芽が生まれます。
- また、営業担当者の「お客様にありがとうと言われて、すごくうれしかった」という話を聞いて、開発担当者が「ぜひ自分も製品を使用する現場に出向きたい」と希望したケースも実際にあります。そのようなインナーコミュニケーションを通じて社内の壁を少しずつなくしていくことも効果的です。
課題を解決するための“3つのステップ”
- ――御社にインナーコミュニケーションのコンサルティングを依頼する企業は、どのような課題をお持ちですか?
- ある大手製造業の企業様の場合は、ミッション・ビジョン・バリューの策定から関わらせていただいたのですが、それらを浸透させるためのインナーコミュニケーションに課題をお持ちでした。
- 先ほどお話ししたような「各部署ごとの短期ミッション達成のために、様々な職種が専門領域で活躍している」企業様なので、部署間コミュニケーションがあまり取れておらず、勤務形態も違うため、「社内がバラバラだ」という危機感を感じていらっしゃいました。
- また大規模な中途採用を行っている企業様では、「さまざまな経験や価値観を持つ人たちの想いはそのままに、自分たちが達成したいビジョンや“ありたい姿”に向けて行動できる組織にしたい」というご要望がありました。
- ――そのような“社内の多様性”から生じるインナーコミュニケーションの課題に悩んでいる企業様は多そうですね。
- そうなんです。そのほかに、ビジョンの浸透に関するインナーコミュニケーションの課題として「突然、経営陣から新しいビジョンを告げられて、従業員が共感できない」というケースも増えています。
- ビジョンというものは、自社の状況や社会情勢などに応じて変化しても構わないと思います。ですが、どんなに良い新ビジョンをつくっても、何も知らされていなかった従業員は「よし、みんなで一緒に実現しよう!」とはなりません。
- さらに、急なビジョンの変更に同調できず、納得がいかないミッション付与や働き方を強いられたり、その結果として退職者が増えたりするケースもあります。ですから、「どんなインナーコミュニケーションを取りながら、ビジョンを伝えるか」ということも非常に重要です。
- ――そういったケースでは、どのようなインナーコミュニケーション施策で課題を解決すればよいのでしょうか。
- たとえば、数百名規模の専門商社様の事例では、経営陣が新しいビジョンをつくって、社長がマスコミで発信したり、公共施設で大々的にPRしていました。従業員の方々はそれを見て、「何、これ? 意味はわかるけど、いままでと違う方向に進むの?」と混乱されたそうです。
- そこで、まず創業時や初受注などのエピソードや自社の歴史、経営陣の経歴・取り組みを1冊の資料にまとめて、それをもとに経営陣と約30名の部長が対話会・グループワークを行いました。
- 目的は、その場で経営陣がビジョンに込めた想いも伝えて、お互いに意見交換しながら、部長の方々の「自分も似たような経験がある」「そういう経緯があるから、ビジョンを新しくするんだな」という共感や一体感を醸成することです。
- そして、そこで出た話を議事録にまとめて、次は課長の方々でグループワークを実施。さらに、そこでの内容を踏まえて、部長と課長がディスカッションを繰り返しながら、ビジョンへの共感と浸透を推進していきました。
- その後、全社員で数回のビジョン浸透イベントを実施して、それまでの議論などをすべて伝えて、各社員の想いや考えをまとめました。
- ――部長・課長・全社員という3つのステップを踏んでいくわけですね。
- そうです。最終的に、全社員で「新しいビジョンの実現に向けて、各部門・職種・個人がどんなアクションを起こすか」を決めて、一連のプロセスは終了となります。
- それから実際にアクションを起こしていくなかで、継続的に課長とメンバーの1on1ミーティングを行いながら進捗状況を確認します。さらに、行動化できているメンバーを「半年毎に課内で1人、年間に部内で1人を表彰する」といった“アワード化”して褒めるという施策も行いました。
- このようなことを続けることで、インナーコミュニケーションが活性化して、「新しいビジョンを体現するには、こうやって行動すればいいんだ」というナレッジも蓄積されてきています。
文・あつしな・るせ
写真・大井成義
- 角井 秀行(かくい ひでゆき)株式会社フリービズ
- 大阪大学経済学部を卒業後、株式会社リクルートに入社し、約23年間、大手企業を中心とした新卒・中途採用広報のプランニング、採用ブランディング支援などに従事。広告制作部門の部長を務めたのちに独立し、学生など若年層向けキャリア支援事業や企業研修講師・ファシリテーションなどを手がける。2017年、「『自分を自由に表現する』個人に溢れた社会・組織をつくる」という事業コンセプトを掲げ、株式会社フリービズを設立。企業の理念・ビジョン策定、その浸透のための研修やワークショップ、企業研修講師・ファシリテーション、斡旋キャリアカウンセラーなどに携わる。GCDF-Japanキャリアカウンセラー。国家資格キャリアコンサルタント。