一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 代表理事 戸田久実氏
アンガーマネジメントを組織・個人が取り入れるべき理由や成功事例、さらにアンガーマネジメントに不可欠な相互尊重をベースにする“アサーティブ・コミュニケーション”との関係などを、一般社団法人日本アンガーマネジメント協会の代表理事 戸田久実氏にお聞きした。
目次
“解決志向”のアンガーマネジメントが不可欠な理由
- ――世の中には、いろいろな自己啓発や人材系の研修があります。そのなかで、アンガーマネジメントを選ぶべき理由を教えてください。
- 前回申し上げたように、程度の違いはありますが、誰もが“怒り”という感情は持っていると思います。そして、世の中には自分がコントロールできないものがあります。そういったものに「なんで、こうなの?」とイライラしても、現状は変わらないので、自分の怒りやストレスが溜まるだけです。
- そして、その怒りやストレスは、仕事上でもプライベートでも私たちの判断や行動に影響してしまいます。
- アンガーマネジメントとは、“解決志向”の手法です。「自分の怒りをマネジメントし、どう適切な判断・行動したら良いか」ということが最大の目的になります。
- ですから、「VUCAの時代」「多様性の時代」と言われるなかで、変化や不安、恐れ、ストレスに対処して生き抜いていくために不可欠なスキルだと言えます。
- ――アンガーマネジメントの研修では、そういった“人間としても組織人としてもベースとなる部分”を学べるんですね。
- そうです。また、良好な人間関係を築くために必要な“傾聴”のスキルにも活用できます。
- たとえば、上司と部下が1on1を行う際に、イライラしている部下の愚痴を聞いていて、上司もイライラしてストレスを感じることがありますよね。そういうときも、部下の怒りの影響を受けることなく、話に耳を傾けることもできるようになります。
- 自分の「べき」、価値観と異なる意見、考えを耳にしたとき、イラっとして、咄嗟に相手に否定的なことを言い、耳を傾けられないという人の事例を多々耳にします。
- 中には、つい「それは違う」と部下の意見を否定し、論破してしまったという人もいます。
- そうならないよう、同意はできなくても一旦は「そう考えたんだね」と理解を示し受けとめ、「どうしてそう思ったの?」と掘り下げて聴く。ここからが建設的な対話のスタートだとお伝えしています。
- 研修を受けて、「自分は怒りやイライラが顔に出るので、周囲のみんなは情報共有や相談がしにくかったんだと気づいた」という方もいらっしゃいます。
- ――さまざまなアンガーマネジメントの研修もありますが、多くの企業や省庁など公共機関から御協会が選ばれています。どのような点が、組織にとって取り入れやすいポイントなのでしょうか。
- シンプルで実践しやすいプログラムだからだと思います。アメリカで生まれたアンガーマネジメントをもとに、当協会設立者の安藤俊介が日本人向けに開発した独自のプログラムは、“誰もが取り組めるプログラム”です。
- また、怒りを感じた際に“上手に怒る”ための表現方法をお伝えしている点も、大いに活用できるという声をいただきます。
- 特にマネジメント層の方々からは、上手に怒りを表現できることは指導する場面でも活かせ、組織内コミュニケーションを円滑にするには有効だという声をいただきます。
導入成功のヒントと、“寛容さ”の重要性
- ――組織としてアンガーマネジメントの導入を成功させるためのヒントを教えてください。
- まず、「パワーハラスメント(パワハラ)を防止したい」「チーム内のコミュニケーションを円滑にしたい」「心理的安全性を実現させたい」「カスタマーハラスメント(カスハラ)対策をしたい」など目的を明確にすることが大切です。
- そして、アンガーマネジメントは“怒りと上手に付き合うための心理トレーニング”ですから、ダイエットや筋トレのように実践を繰り返すことで身につきます。研修や講義を1回受けただけでは効果が出ませんので、定期的・継続的に取り組むことが重要です。
- たとえば、当協会でアンガーマネジメントファシリテーター資格を取得した社内トレーナーを複数名おいて、フォローアップや浸透を内製化で進めていらっしゃる企業もあります。
- ――以前に比べて、企業を取り巻く環境は大きく変わってきていると思います。アンガーマネジメントの視点から、日本社会や企業の変化をどのように感じていますか?
- 最近は「不寛容な時代・社会」とも言われますが、組織内のさまざまな価値観や考え方に対する寛容さ、そして企業がグローバル化するなかでは多様な文化や人種への寛容さが不可欠になっています。そういった時代・社会の変化に対応するためにも、アンガーマネジメントが求められているのだと思います。
- 「寛容である」ということは、「何でも許して受け入れる」ということではありません。たとえば、「Z世代と言われる若い方に対して、注意をせずに甘やかす」ことは寛容さではないと私たちは考えています。
- アンガーマネジメントすることで相手の価値観に耳を傾けて“寛容の幅”を広げながら、譲れない部分については適切な表現で主張・要求することが大切です。そうすれば、相手の理解も得られやすくなりますし、相手が望ましい行動をとってくれる可能性も高まります。
- ――アンガーマネジメントで“本当の寛容さ”を身につけることで、それまでは当たり前だと思っていた自社の制度などを考え直す機会にもなりそうですね。
- その通りです。気付かぬうちに、いまの時代には合わない「〜あるべき」と思い込む制度や風土があると思います。そういったものを認識できるようになるのも、アンガーマネジメントのメリットの1つです。
- たとえば、転職者の方から「前職ではクールビズだったけど、どうしてネクタイ・スーツが必須なのですか?」という質問を受けたとします。
- そのときに、「うちでは昔からこうなんだ!」と押しつけるのではなく、「なるほど、それならば社内勤務のときはクールビズにして、お客様に会うときだけネクタイ・スーツ着用にしよう」という考え方の転換もできるようになります。
心理的安全性・エンゲージメント・人材採用などにも効果が
- ――前回、働く方の心理的安全性が高い環境をつくるためにも、アンガーマネジメントは有効だとお聞きしました。組織が心理的安全性を確保するうえで、どのようなメリットがありますか?
- 心理的安全性とは「皆で穏やかに仲良くしよう」というものではく、議論のぶつかり合いがあっても良いと思います。
- 議論をする際には、イラッとして相手を叩きのめしたり、自分の考えを押しつけて論破したりするのではなく、建設的な議論を通じてお互いの意見をすり合わせることが重要です。その点で、アンガーマネジメントは大きく役立ちます。
- ――そのような心理的安全性が構築できれば、従業員の方のエンゲージメント向上にも確実につながりそうですね。
- そのような効果も期待できます。一方的に理不尽なことばかり言われたり、納得できない言い方をされたりして悶々とするよりも、自分の話を相手に聞いてもらえたり、「そういうことか」と納得できたりすれば、組織への帰属意識も高くなるはずです。
- ――そういったお話を聞いていると、人材の定着はもちろん、採用にもつながりそうだなと思いましたが、いかがでしょうか。
- 実際に、人材面での成功事例も生まれてきています。
- 当協会は、アンガーマネジメントを導入して成果が出た組織に対して『アンガーマネジメント経営賞』をお贈りしています。ある企業が受賞したことを自社サイトに掲載したら、採用面接で学生さんたちから質問を受けたそうです。
- そのように、いわゆるZ世代の方もアンガーマネジメントや企業の取り組みに関心や興味を持っているので、人材面でもご活用いただきたいと思っています。
- ――世代を問わず、幅広くアンガーマネジメントは認知されているんですね。
- そうですね。世代という観点でお話ししますと、“世代間の価値観の相違”が以前よりも大きくなっています。私自身も「相違があるのは当たり前」と思っていましたが、新入社員研修を行ったときに驚くような価値観に遭遇することがあります。
- ですから、「アンガーマネジメントを通じて、異なる世代間の価値観や考え方を尊重して、お互いのコミュニケーションを円滑にする」ことの大切さを改めて感じています。
- そして、心理的安全性がある環境を整えて、若い方々ならではの価値観や考え方を活かせれば、新しい事業やサービスなどのイノベーションが生まれる可能性もあると思います。
“怒りの連鎖”を断ち切れば、生きやすくなる
- ――御協会は「怒りの連鎖を断ち切ろう」という理念を掲げていらっしゃいますが、“怒りの連鎖”はどのような悪影響を及ぼすとお考えですか?
- アンガーマネジメントができていないと、自分の怒りを「あの人のせい」「あの出来事のせい」と他責にしてしまうことがあります。そして、「その怒りを他人にぶつけて、ぶつけられた人もアンガーマネジメントできていなければ、さらに他人にぶつける」という不毛な怒りの連鎖が生まれます。
- でも、アンガーマネジメントすることで、自分自身の怒りをコントロールできますし、他人の怒りに振り回されることもなくなります。ですから、私たちは「アンガーマネジメントできる人を増やして、この社会から不毛な怒りの連鎖を断ち切りたい」と考えています。
- ――そうなれば、“必要のない怒り”が社会・企業・家庭など、あらゆる人間関係から消えていくのですね。
- その通りです。また、多様な価値観を尊重できるようになって、人権尊重やハラスメント抑止にもつながっていくはずです。個人としても生きやすい世の中になると思います。
- そのような世の中を実現するためにも、「誰もがアンガーマネジメントを身につけている」という状態を目指していきたいと考えています。
- ――私もそうでしたが、「怒りをマネジメントする」と聞くとネガティブなイメージを持つ人もいると思います。でも実際は、すごくポジティブなものなんですね。
- そうなんです。怒りをうまく扱える人は、「怒りをモチベーションにつなげる」「怒りをバネに成果を上げる」ということもできます。実際に、日本人のオリンピック金メダリストやノーベル賞受賞者の方たちにも「怒りを原動力に成果を出した」と公言している方が少なくありません。
話題の“アサーティブ・コミュニケーション”との相乗効果も
- ――戸田さんは、最近注目を集めている“アサーティブ・コミュニケーション”に関する著書を書かれていますよね。アサーティブ・コミュニケーションとアンガーマネジメントとの関連性などがあれば教えてください。
- アサーティブ・コミュニケーションを一言で言うと、「相手も自分も大切にする“相互尊重”をベースにした自己表現・自己主張」です。
- そして、アサーティブ・コミュニケーションの考え方とスキルは、アンガーマネジメントに必要なものです。アメリカでは、アンガーマネジメントプログラムにアサーティブ・コミュニケーションのトレーニングも含まれています。
- 当協会が推進するアンガーマネジメント手法は「怒りを“上手に表現”する」ことを重視していますが、そこでもアサーティブ・コミュニケーションが非常に有効です。
- たとえば、先ほどお話しした「ネクタイ・スーツを着用すべきか」という話し合いをする場合、「着用すべき」という自分自身の考え方を尊重して、自己主張しても問題ありません。
- でも、建設的な議論をするためには、相手の「暑い夏の間はクールビズにすべき」という考え方も尊重したうえで、自分の怒りやイライラを出さない上手な伝え方をする必要があります。
- ――相互尊重がないと自分本位の怒り方になってしまうので、アサーティブ・コミュニケーションが大切になるんですね。
- そうです。アサーティブ・コミュニケーションの基本は、「話し合うときの立場は“対等”」という考え方です。もし立場やキャリアの違いによる上下関係があったとしても、コミュニケーションをとるという場では、心の中で対等に向き合うということです。
「言う必要があるならば、率直に伝え合える」という関係性が重要で、これは心理的安全性の実現にもつながります。「自分の方が上の立場だから、相手の話に耳を傾けない」「相手を見下してコントロールしようとする」また、自分の方が下の立場だから、「こんなこと言ってはいけないのだと過度な謙遜をする」という向き合い方は見直しましょう、とお伝えしています。
- このように、アンガーマネジメントとアサーティブ・コミュニケーションは密接に関係しています。2つとも、ビジネスパーソンとしても一個人としても役立つスキル・考え方なので、ぜひ身につけることをおすすめします。
文・あつしな・るせ
- 戸田 久実(とだくみ)一般社団法人日本アンガーマネジメント協会
- 大学卒業後、株式会社服部セイコー(現セイコーグループ株式会社)にて営業、音楽系企業にて社長秘書として勤務。研修講師、コンサルタントとして研修、講演の仕事を歴任。講師歴は32年。登壇数は4,500を超え、指導人数は22万人に及ぶ。「アンガーマネジメント」「アサーティブコミュニケーション」「インストラクター育成」などをテーマに対象は新入社員から管理職まで幅広い。 パワハラ防止のために適切な指導、叱り方、そして1on1においての効果的なフィードバックができるようになるため、カスハラ対策につながるクレーム対応や心理的安全性実現においても活用したいと、多岐にわたる要望やご相談を受け対応している。著書に『アンガーマネジメント大全』(日経BP 日本経済新聞出版)『アンガーマネジメント』(日経文庫)など多数、中国、韓国、タイ、台湾でも翻訳出版され、累計25万部を超える。