アンガーマネジメントで“不毛な怒り”をなくす【スマート会議術第193回】

アンガーマネジメントで“不毛な怒り”をなくす【スマート会議術第193回】日本アンガーマネージメント協会 戸田氏
“怒り”をコントロールする『アンガーマネジメント』。その言葉自体を聞いたことがある人も多いかもしれないが、実際にはどのようなスキルなのだろうか? また、どのような効果があるのか?
多くの企業や公共機関が研修を導入し、ビジネスパーソンを中心に習得する人が増えているアンガーマネジメントについて、『アンガーマネジメントティーンインストラクター』『アンガーマネジメントキッズインストラクター』という資格の保有者あわせて約5500人が在籍する、一般社団法人日本アンガーマネジメント協会の代表理事 戸田久実氏にお話を伺った。
目次

“怒りと上手に付き合う”ための心理トレーニング

――近年、「アンガーマネジメント」という言葉を聞く機会が増えました。ビジネスパーソンに必須なスキルだと言われていますが、具体的にどのようなものか教えてください。
アンガーマネジメントとは、1970年代にアメリカで開発された“怒りと上手に付き合うための心理トレーニング”です。当協会の設立者で、日本のアンガーマネジメントの第一人者である安藤俊介が、2008年にアメリカから日本に導入し、2011年に協会を設立しました。
“怒り”という感情は、どんな人でも持っていると思います。その怒りを扱うアンガーマネジメントでは、「怒らない」ことではなく、「怒りで後悔しない」ことが最大の目的です。
たとえば、「あのとき、あんな怒り方をしなければよかった」「あそこで、ちゃんと怒っておけばよかった」といった後悔をしないことを目指します。
――アメリカは銃社会でもあるので、怒りをマネジメントすることは重要そうですね。
そうです、ちょっとイラッとしただけで射殺事件につながることも珍しくありません。ロードレイジ問題で射殺事件が起きることもあり、再犯防止に向けてのプログラムなど、司法分野でもアンガーマネジメントは活用されています。
こういったトレーニングやプログラムを受けている方のなかには、ジャスティン・ビーバーさんなど著名人の方々もいらっしゃいます。
――アメリカでは、そんなに浸透している手法なんですね。どのように怒りをマネジメントするのですか?
まず、怒りを上手に扱うには、「怒りとは、どのような感情なのか」を知ることが大切です。そして、「“怒る必要があること”は上手に怒ることができ、“怒る必要のないこと”は怒らないで済むようになる」という点が重要なポイントになります。
アンガーマネジメントができるようになるためには、まずは「自分がどのようなことに怒りを感じるのか」を理解し、次の3つの基本トレーニングに取り組むことからはじめましょう。
まず1番目として、イラッとしても怒りに任せた衝動的な行動をしないためのトレーニングに取り組みます。
2番目は「これは私にとって怒る必要があるのか・ないのか」この境界線を明確にします。つまり、自身が許容できるのはどこまでなのか、どこから許容できないのか線引きをします。
3番目は、「怒りを感じ、許容できないと判断したことは、私が何か行動することで、変えられるのか・変えられないのか」「自分にとって重要なことか・重要ではないか」を判断し、どう行動すべきかを選択します。もし、「変えられる」「重要だ」と思えば、行動計画を立てて行動し、変えられないと判断したことについては、必要以上の怒りを抱えないための行動を選択します。
――たとえば、電車内など公共の場でマナー違反をしている人を見てイライラした経験がありますが、この3段階を踏めば無駄な怒りが収まりそうです。
その通りです。マナー違反をしている人は変えられないと判断したら、そのことにイライラし続けるのは、貴重な自身の人生の大切な時間の無駄遣いでしょう。
また、「貯め込んだ怒りを、誰かに八つ当たりする」という事態も避けられます。このような“怒りの連鎖”を断ち切ることが、当協会の理念でもあります。
警察官などの職業の方は別ですが、世の中のほとんどの方は「自分が世の中のすべての問題を成敗しなければならない」という役割ではないと思います。一番大事なのは、「怒りをコントロールすることで、自分と周囲の人たちが、いかに長期的に健康でいられるか」です。
――生きていくうえで、さまざまなシーンでアンガーマネジメントが役立つんですね。
そうです、人と関わるすべての状況で役に立ちます。
また、身近にいる人に対してだけでなく、たとえば政治家に怒っている人、さらに海外の政治家に怒りを感じている方もいらっしゃいますよね。また、人以外にも、たとえば「電車が運休した」「物価高や円安が続いている」「暑すぎる」と怒っている方もいらっしゃいます。
そういった“自分ではどうにもできない、不毛な怒り”に振り回されなくなるのが、アンガーマネジメントです。
日本アンガーマネージメント協会 戸田氏

時代の変化に対応するために導入する企業・個人が増加中

――昨今、アンガーマネジメントが注目を集めていますが、なぜだと思われますか?
日本では、2022年に中小企業も含めた全企業がパワーハラスメント(以下、パワハラ)防止法の対象になりました。パワハラが起きるとコンプライアンス上も問題ですし、社外的な信頼にも影響するため、パワハラ防止策の一環としてアンガーマネジメントを取り入れる企業が多いです。  

パワハラによって、従業員流出や生産性低下等の問題へと発展することもがあります。そのため、特に管理職やリーダーの方々が適切に指導できるようになりたいということでアンガーマネジメントを導入する企業が増えてきました。
ほかには、「心理的安全性を実現させるためには、全従業員にアンガーマネジメントが必要」と導入する企業もあります。
また最近は、お客さんが店員などに高圧的な態度を取る「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」が問題になっています。カスハラ対策の基本方針を公表する企業も増えてきました。
そういったカスハラ対策の一環として、「従業員がお客様の怒りに振り回されず対応できるように、アンガーマネジメントを取り入れたい」というご要望も増えています。
――社会の変化によって、いろいろな側面からアンガーマネジメントが求められているのですね。
また、価値観が多様化している時代だからこそ、アンガーマネジメントが求められているという現状もあります。
怒りが生まれるのは、自分の価値観=“べき”が破られたときです。
“べき”は、自分の理想や願望、期待など、“譲れない価値観”を象徴する言葉です。たとえば、仕事であれば「時間や期限は守るべき」「トラブルがあったら報告すべき」など、さまざまな“べき”があると思います。
「多様性を受け入れよう」と言われる世の中になって、自分とは違う価値観や考え方を持つ人にも対応をしなければならなくなりました。でも、自分と違う価値観に触れるとストレスを感じるという人も多いでしょう。
また、変化が激しく不確実な「VUCAの時代」と言われるなかで、誰もが多かれ少なかれストレスを抱えているのではないでしょうか。変化に対しての不安や恐れを抱き、ストレスと感じる人も多いので、イライラしやすくなっている人は本当に多くなったと実感しています。
――コロナ禍で、コミュニケーションの取り方が変化したり、コミュニケーション自体が希薄になったりしたことで、ストレスを抱えている人も多いと感じています。
その影響もあると思います。コロナ前は出社して対面でコミュニケーションを取っていましたが、リモートワークを余儀なくされた時期は顔を合わせる機会が激減しました。
コミュニケーション手段がオンラインに切り替わったことで、「意思の疎通が難しくなった」「話しかけるタイミングがわかりづらいので、躊躇してしまう」など、コミュニケーション面からストレスを抱えてイライラしやすくなったという相談もよく受けます。
――まさに、“いま”という時代だからこそ、アンガーマネジメントが注目を集めているんですね。
そうですね、学校教育でも、2019年から中学校の道徳の教科書にアンガーマネジメントが掲載されるようになりました。ほかの分野でも、アスリートのメンタルトレーニングの一環での導入などが増えています。

「怒りをうまく扱えない」「怒りを堪える」という問題を解決

――御協会の「アンガーマネジメントファシリテーター養成講座」を受講する方の特徴を教えてください。
人によって違いますが、大きくわけると2つのタイプの方がいらっしゃいます。
1つは、「怒りをうまく扱えない人」です。たとえば、つい言い過ぎたり暴言を吐いたり、ひどいケースでは人やものに対して八つ当たり・暴力的な行為をする人もいます。
そのような方は、「公私ともに人間関係に支障をきたす」「ビジネスチャンスを失う」といった問題を生じさせることもあり、本人自身もストレスを溜めこんで生きづらくなってしまいます。
もう1つは、「怒りを堪える人」です。怒りに対してネガティブな印象を持ち、「怒るのは、みっともないこと・悪いことだから」と、怒りを感じてもグッと抑えこんでしまう人もいます。
そして、怒りをうまく表現できずに悶々と抱えこんで、ストレスを溜めてしまうんですね。さらに、「あのとき、言っておけばよかった」と後悔にさいなまれる方も多いです。
――怒ったあとにも、“怒ってしまった自分”に対して後悔したり、落ち込んだりすることもありますよね。
そうですね、後悔や自己嫌悪、罪悪感を抱くとおっしゃる方が多いです。
たとえば、自分の子どもに対して怒りすぎてしまって「親としてどうなのか」と自己嫌悪や後悔して、「どうして私はこうなんだろう」という負の感情が溜まっていくケースなどが見られます。
――皆さん、さまざまな理由で受講されていると思いますが、どのようなケースがありますか?
自発的な理由として多いのは、「自分が怒りに関する問題を抱えていて、解決したい」「講師としてアンガーマネジメントの広めたい」というものです。
また、勤務先の組織から指示を受けて参加される方も多いですね。自社内でアンガーマネジメント広める役割の方や、自分自身の怒りに課題があって受講を促された方などがいらっしゃいます。
累計180万人以上の方が当協会の講座を受講されていています。また、アンガーマネジメントファシリテーターの中で、多いのが会社員・団体職員の方です。医療や介護の現場・コールセンター・接客業で働く方や、学校の先生など“感情労働”に従事されている方も多数いらっしゃいます。
多くの受講者の方が、「アンガーマネジメントを習得して、生きやすくなった」とおっしゃいます。
日本アンガーマネージメント協会 戸田氏

パワハラ防止や心理的安全性・生産性の向上などに有効

――どのような課題を解決したいと考えている企業が多いですか?
やはり最近は、コンプライアンスの一環でハラスメント防止施策として導入する企業が多いですね。パワハラ防止法の施行後、パワハラ相談窓口を設ける企業が増えていて、そこで“パワハラとは認定できないけれど、よくないコミュニケーション”が散見された場合に研修をご依頼いただくこともあります。
「心理的安全性や生産性を向上させたい」というご要望も多いです。イライラというものは伝染するので、不機嫌な職場にしないためには、職場での影響力が大きいリーダーやマネジャークラスの方だけでなく、全員がアンガーマネジメントを習得することを提案しています。
また、「価値観が多様化するなかで、自分と違う価値観に対応する際のイライラする感情をどうマネジメントして、受け入れていくか」というダイバーシティ&インクルージョンの観点で課題を感じている企業もあります。
――ほかに、社内のコミュニケーションに課題を感じてアンガーマネジメントを取り入れる企業もありますか?
はい。たとえば、「組織内の価値観に相違があるので、コミュニケーションが円滑にいかない」というケースがあります。
具体的には、「Z世代の社員との価値観の相違にストレスを感じている」「さまざまな部署から要員を呼んでプロジェクトを立ち上げたが、コミュニケーションがうまくいかずにプロジェクトがうまく進まない」といったお悩みが多いです。
先ほどお話ししたように、自分の価値観=“べき”が破られたときに怒りは生まれます。ですから、これまで生きてきた環境や時代、キャリアが異なる方々が集まる組織では、“べき”がぶつかり合って怒りが生じることも少なくありません。
そのため、イライラやストレスから円滑なコミュニケーションが取れず、生産性が落ちるという課題を抱えている企業も増えています。
――研修や講習を通じてアンガーマネジメントについてレクチャーされるのですか?
それ以外にも、組織内の個人の方向けに1on1セッションも行っています。怒りに課題を持っている方やパワハラを行った方に対して、長期にわたって1on1でコンサルをしてほしいというご依頼も増えています。
そういった対象者の方からよく言われるのは、「法的な知識は弁護士や社会保険労務士から教わったけれども、具体的にどう行動したら良いのかを知りたい」ということです。
「『パワハラに該当するから、やってはいけない』とは理解できたけど、自分自身が部下のときに同じようなパワハラ的指導を受けてきたから、どうしたら良いかわからない」と困っている管理職の方はいまだに多いですね。

アンガーマネジメントは、公私ともに役立つスキル

――アンガーマネジメントの研修や講座を受けた組織や個人の方には、どのような変化がありますか?
全社・部署・チームなど、組織に属する全員が研修を受けたことで、「コミュニケーションが取りやすくなって、生産性も向上した」といった声を多くいただいています。
また、パワハラをした方々向けの研修を行った企業では、相談窓口への報告件数が減るなどの改善が見られました。
個人の方々からは、「パフォーマンスが上がった」という声をよく聞きます。「無駄な怒りに振り回されなくなったので、周囲との関係もうまくいって無駄なぶつかりもなくなり、仕事にも集中できて生産性が上がって、社内評価も高くなって昇進した」という方もいらっしゃいます。
職場外でも、「会社の研修で学んだアンガーマネジメントが家庭でも活かせて、家庭円満になった」「子どもとの関係性が良くなった」という声もいただいています。
日本アンガーマネージメント協会 戸田氏

文・あつしな・るせ

戸田 久実(とだくみ)一般社団法人日本アンガーマネジメント協会
大学卒業後、株式会社服部セイコー(現セイコーグループ株式会社)にて営業、音楽系企業にて社長秘書として勤務。研修講師、コンサルタントとして研修、講演の仕事を歴任。講師歴は32年。登壇数は4,500を超え、指導人数は22万人に及ぶ。「アンガーマネジメント」「アサーティブコミュニケーション」「インストラクター育成」などをテーマに対象は新入社員から管理職まで幅広い。 パワハラ防止のために適切な指導、叱り方、そして1on1においての効果的なフィードバックができるようになるため、カスハラ対策につながるクレーム対応や心理的安全性実現においても活用したいと、多岐にわたる要望やご相談を受け対応している。著書に『アンガーマネジメント大全』(日経BP 日本経済新聞出版)『アンガーマネジメント』(日経文庫)など多数、中国、韓国、タイ、台湾でも翻訳出版され、累計25万部を超える。

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