『コーチング型マネジメント』が、企業存続のカギに【スマート会議術第188回】

『コーチング型マネジメント』が、企業存続のカギに【スマート会議術第188回】株式会社コーチビジネス研究所 取締役 中村智昭氏
欧米では「経営者の約70%がコーチをつけている」と言われるほど、エグゼクティブコーチングが浸透している。また、経営に役立つだけでなく、コーチングはすべてのビジネスパーソンにとって必要なスキルだ。
コロナ禍を経て社会環境や人々の働き方が激変し、人手不足も深刻化していくなかで、「コーチングの有効活用やコーチング型のマネジメントができない企業は、競合優位性を持てなくなる」と、株式会社コーチビジネス研究所の中村智昭氏は警鐘を鳴らす。これからの経営者や企業に欠かせないコーチングの活用法や導入のポイント、そして“コーチングを使う”ことが当たり前の社会づくりなどについてお聞きした。
目次

経営者と協働する、“コーチング力”を持つリーダー育成が急務

――今、企業経営者の方々はどのような課題を抱えていらっしゃるとお感じですか?
企業規模によって異なりますが、特に中小企業では、「経営全般に関するすべてを1人でやらなければならない」とお考えで、疲弊されていらっしゃる方も多いと感じています。
たとえば、この5年間で社会環境が激変しましたよね。コロナ禍もそうですし、コロナが収束してきたらエネルギーコストや原材料価格が高騰して、頭を悩ませている経営者の方も多いと思います。
そして、中小企業では、人手不足も深刻な問題です。「仕事の依頼はあるが、人手が足りず断ってしまってビジネスチャンスを逃している」という声もよく聞きます。さらに、人手不足による組織づくりの課題などが山積みになっている会社さんも少なくありません。
――そのようなさまざまな課題を、経営者の方だけで解決するのは簡単ではなさそうですね。
そうです。経営者1人で奮闘するのではなく、一緒に経営ができる経営幹部・役員や、経営者の考えをしっかり実行に移せる人財を育てていくことが大切です。しかも、「変化が激しい時代に対応できる」リーダーの育成が重要だと思います。
“心理的安全性がある職場・チーム”というものをしっかり理解して、適切なコーチングで組織運営できるリーダーの育成が、企業にとって急務だと言えますね。
コーチビジネス研究所中村氏

コーチは、“道具”。欧米では経営者の約70%がコーチを活用

――コーチングは、日本の企業にどれくらい浸透しているのでしょうか?
日本では、コーチングを取り入れる企業が増えてはいますが、まだまだ浸透していません。
でも、欧米ではコーチングが当たり前になっていて、経営者の約70%はコーチをつけていると言われています。ですから、今後は日本でも広がっていくはずです。
――どのような経営者の方に、エグゼクティブコーチングは役立つと思われますか?
スティーブ・ジョブズ氏やジェフ・ベゾス氏、エリック・シュミット氏など、名だたる経営者の方々をコーチングしたビル・キャンベル氏という素晴らしいエグゼクティブコーチがいらっしゃいます。シリコンバレーを中心に活躍された方で、『1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』(ダイヤモンド社)というベストセラーの主人公です。
彼はシュミット氏のコーチとしてGoogleにかなり入り込んでいて、その本のなかに、役員の最終面接官をしたときの話が出てきます。面接にあたって、シュミット氏は「“コーチャビリティ”のない人は採用しない」と決めていたそうです。「コーチをうまく使えない」「コーチングを取り入れられない」という人は役員にしないと明言していたんですね。
この“コーチャビリティ”とは、「たとえ自分にとって耳の痛い意見を他者から聞いても、必要であれば自分の成長のために受け入れる」という資質のことです。そのように、コーチを活用して、他人からの助言やサポートを受け入れることで経営状態をよくしたい経営者の方であれば、コーチングは非常に有用だと思います。
――コーチを有効活用する方法はありますか?
コーチとは、“道具”です。道具として有効活用していただくことで、経営者の方の思考の速度・深度、視野の広がりが数倍にも高まります。経営者の方の思考力が倍増すれば、社内への好影響も計り知れません。
経営とは、経営者1人だけで行うのではなく、権限委譲しながら社内外の方々を巻き込んで行うものです。「コンサルタントやコーチなどの外部リソースをどれだけ使いこなせるか」ということが経営成功の1つのポイントです。
ですから、「使えるものは何でも使って会社をよくしたい」「他者の力をうまく利用しよう」と考える経営者の方であれば、コーチを活用して成長や成功を実現できると思います。

現代の経営に必要な“変化への対応”とは?

コーチビジネス研究所中村氏
――近年、人的資本経営など、人に重きを置いた経営の重要性が高まっています。エグゼクティブコーチの立場から、現代の経営にはどのようなことが必要でしょうか?
先の見えない、変化の激しい時代のなかで、会社を経営していくことは本当に大変だと思います。さらに、人的資本経営が注目されるなど、人財や組織に関してもかつてないほどのさまざまな変化への対応を迫られています。また、「上意下達で、言われた通りに仕事をする」だけではもう成果が出ない、競争に勝てない時代になっています。
だからこそ、1人1人のメンバーが時代の変化をつかみ、自ら考えて行動することが必要です。そして、経営者や経営幹部の方には、そういったメンバーが活躍できる組織や企業体質をつくることが不可欠になります。
稲盛和夫氏は、「経営者はすばらしい心理学者でなければならない」とおっしゃっています。「給料を上げます」「制度をよくします」といった外発的な動機付けだけで人に動いてもらうのではなく、もっと人の心理を考えた内発的な動機付けを深く理解することが大切でしょう。
――実際に御社のコーチングを取り入れた企業には、どのような変化がありますか?
コーチングが企業内に浸透すればするほど、コミュニケーションが活性化していきます。自然にお互いのことをより理解できて、サポートやフォローし合える関係性もできます。そうしますと、『組織の成功循環モデル』でいう“関係の質”が高まって、小さなことでも上司や仲間に相談する環境ができるんですね。
そして、「“思考の質”の向上→“行動の質”の向上→“結果の質”の向上」という流れも生まれて、「○○さんが手伝ってくれたから結果が出た」など、お互いの関係がより良好になります。さらに、「今度はもっと高い目標を達成しよう」など、螺旋階段のようにどんどんよくなっていくわけです。
このように、コーチングを取り入れると、企業の業績向上はもちろん、“管理職のリーダーシップの向上”“エンゲージメントの改善”“メンバーのコミュニケーションの質と量の向上”“人財育成の促進”“離職の低下”などにもつながります。これらが最終的に行き着くのが、ウェルビーイングな職場です。
私たちがサポートしているクライアントのなかには、離職率が30%から5%まで下がった企業様もいらっしゃいます。

すべてのビジネスパーソンに重要な“在り方”や、若手育成のポイントがコーチングで学べる

コーチビジネス研究所中村氏
――コーチングは、経営者だけでなく、すべてのビジネスパーソンに必要なものだと思います。自社内にコーチングを取り入れるポイントを教えてください。
コーチングのスキルを身につけるには、それなりの時間がかかります。しかし、コーチング研修を通して、「自分はどう在りたいか」という“在り方”を比較的容易に習得できるというメリットがあります。
そして、「相手は“できる人”という前提で話を聞こう」「相手の話を最後まで聞こう」といったコーチングの基本的なマインドを持ちながら、じっくりと学んでいくことが大切です。
目先のテクニックやスキル、知識で対応しようとしても、コーチング相手の方は「どこかで習ってきたことをやっているんだな」とわかってしまいます。ですから、やはり“在り方”というものが重要だと思います。
――若手社員を育てるためのコーチングでは、どのようなポイントが大切ですか?
若手でも管理職でも、人を育てるコーチングの原理原則は変わりませんが、今の若い方は何をするにしても“理由”を知りたいという傾向があると感じています。
「なぜ、これをやるのか」「どうしてこういうやり方をするのか」といった理由を知りたい方、そして「効果がないことや効率が悪いことはやりたくない」と考えていらっしゃる方が多い気がします。
実際の職場では、「何を、どのように、いつまでにするか」という話はよく出ますが、「なぜするのか」ということは意外と語られないものです。でも、実は「なぜするのか」が非常に大切で、マーケティングコンサルタントのサイモン・シネック氏が提唱したゴールデンサークル理論でも「Whyから始めよ」と語られています。
今の若手にこそ、「なぜするのか」を明確に伝えることが必要です。そのうえで、「どういう仕事の仕方や考え方、仕事に対する姿勢、役割などが必要なのか」ということを丁寧に説明する必要があると思います。
――“ハラスメント”を気にしすぎて、若手に何も言えない上司の方も多いと思います。
それも、今の時代に若手を育てる上で大きな課題ですよね。業務上、場合によっては厳しいことを伝えなければいけないシーンもあるはずです。そのようなときに、いきなり厳しいことを言うと「なぜ、そんなこと言われなきゃいけないんだ。ハラスメントだ!」となってしまいます。

ですが、事前に仕事を行う理由や目的などについて“対話”をして、お互いに納得していれば、自分の意図が相手に通じやすいはずです。
そして、「あなたに、こんなふうに活躍してほしいんだよ」という上司としての意思を丁寧に伝えて、「あなたにはこういう強みがあるから、こういうことができるよね」とポジティブな面を伝えることが重要です。
また、相手にとって伸びしろである“未成熟”な部分についても、逃げることなく上司としてしっかり伝えることも大切です。そのためにも、まずは上司自身が人として成熟しなければ、部下を成熟させられる関わり方はできないと思います。
――いわゆるZ世代に代表される若手にも、距離を置いて逃げるのではなく、正面から向き合って対話をすることが大切なんですね。
そうです。Z世代の方々は、“心理的安全性がある職場”を求める傾向があります。「自分の能力が活かされる」「自分の意見が言えて、尊重してくれる」「仕事の意義を感じられる」「上司がちゃんと話を聞いて、1人1人に合った対応をしてくれる」といった要望に応えられる環境をつくることが大切ですね。
コーチビジネス研究所中村氏

コロナ禍を経て、『コーチング型のマネジメント』が重要に

――エグゼクティブコーチングを行うなかで、コロナ禍を経て、経営者自身や企業経営に変化は感じられますか?
一番大きい変化は、DX(デジタルトランスフォーメーション)です。DXを体内化した企業と、DX離れをした企業に二極化してしまいました。経営者の方についても同様で、「コロナ禍を経験して成長した方と、そうでない方との二極化が起きている」と私たちは懸念しています。
なかには、コロナ禍で強制的にテレワークやオンライン会議を導入せざるを得なくなったものの、コロナが収束したら「やっぱり出社や対面が一番いい」という考えをさらに強固にしてしまった企業さんもあります。
一方、DXを体内化した企業では、リアルとオンラインそれぞれのメリットをうまく融合しながら組織力をさらに高めています。また、効率化が進んで生産性も当然上がりますし、働きやすい職場環境も整っているので、2極化した企業間の格差は非常に大きくなっています。
――コロナ禍を経て、働く人たちの意識も変わりましたね。
経営を考える上で、それが一番留意すべき点ですね。たとえば、子育てや介護をしていらっしゃる方々が、テレワークで上手な時間の使い方や効率な働き方などを体験したことによって、仕事に求めるものも変化してきました。
「ライフステージに合わせた柔軟な働き方をしたい」というニーズに対応している企業と、そうでない企業では、今後の競争優位性に大きく影響してくると思います。
また、今後も人手不足が深刻化していくなかで、従業員の離職防止やメンタルダウンによる休職などを予防することが対策の1つとして挙げられます。そのためにも、テレワークを含めた柔軟な働き方の整備や、働く方々のエンゲージメントを高めて“会社を辞める理由”をなくすことがとても大切です。
エンゲージメントが高まるということは、「これは、自分の仕事なんだ」と思えるということです。ですから、自ら考えて行動できるようにするための、『コーチング型マネジメント』が必要になります。多くの企業で1on1ミーティングが導入されているのも、その流れの一環だと言えるでしょう。若い方々が常に入社して、長く働いてくれるためにも、適切なコーチングに基づいた1on1は重要な施策だと思います。

“コーチングを使う”ことが当たり前の社会を実現

――今後、エグゼクティブコーチングなどのコーチング研修を通して、どのような社会を実現したいとお考えでしょうか。
経営理念にもありますように、まずはコーチングをもっと世の中に広げていきたいと考えています。
コーチングとは、「相手が自ら考えて、自ら解決策を見つけ出して、自ら行動に移して、その行動を振り返る」という活動を支援するための“全人格的な関わり方”です。ですから、そのような関わり方を持ってコーチングできる人も増やしたいですね。
このようなコーチングを受けた方は、経験学習のサイクルが回って、それを教訓化して成長していきます。そのように「自発的に成長していく人がどんどん増える社会にする」ことが私たちの目標です。その結果、幸せ創造企業が増えて、仕事を含めた人生のやりがいや成長実感、幸福感を高めていきたいと考えています。
コーチビジネス研究所中村氏
――2024年の『世界の幸福度ランキング』で日本は世界51位でしたが、どのような感想をお持ちですか?
日本は外国の方々が感動するような素晴らしい国だと思いますが、世界的に見ると「幸福」と感じている人が少ないというのは残念な状況です。ですから、もっともっと幸福度が高い社会になるように、コーチングで多くの企業様を支援していきたいと思います。
そして、“コーチングを使う”ことが当たり前の社会にしたいとも考えています。特にリーダーや管理職の方々が「部下のモチベーションアップや成長支援を行うコーチングができるのが当たり前」という世の中にしたいなと本気で思っています。
――そういった社会を実現していくなかで、御社自身はどのような姿を目指していかれますか?
最近は日本でも、「新しいものを取り入れよう」という感度が高い経営者の方々のなかでエグゼクティブコーチングが大きく広がりつつあります。ですが、国家資格ではないので、誰でも“エグゼクティブコーチ”を名乗ることが可能です。
当社は3000社以上の支援実績があって、その経験やノウハウを体系化したプログラムをエグゼクティブコーチ養成スクールで提供しています。ですから、「経営者にしっかり寄り添いながらハイレベルなサポートができる」エグゼクティブコーチの要件を明確にして、資格認証を進めていきたいと考えています。
当社も参画している日本エグゼクティブコーチ協会とともに、信用・信頼できるエグゼクティブコーチの育成と資格認証を行うことで、質の高いエグゼクティブコーチの普及を進めていきたいですね。そして近い将来、日本中でエグゼクティブコーチングが普及していて、コーチの皆さんが活躍している社会づくりを目指していきたいと思います。
コーチビジネス研究所中村氏

文・あつしな・るせ
写真・大井成義

中村 智昭(なかむら ともあき)株式会社コーチビジネス研究所
株式会社コーチビジネス研究所取締役。国際コーチング連盟プロフェッショナルコーチ、JEA認定エグゼクティブコーチ、産業カウンセラー。 株式会社コーチビジネス研究所で取締役として、中小企業の経営者へエグゼクティブコーチングを提供し、企業向けのコーチングを活用した管理研修の企画、設計、講師として活動。 社外コミュニティとして2019年に上司道勉強会(リーダーシップ&組織開発を学ぶ無料勉強会)を立ち上げ、2024年7月現在106回開催、メンバーは890名に達している。2024年春に「廣器会」を立ち上げ、経営者の器をひろげる取り組みを行っている。

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