三菱総合研究所 主席研究員 松田智生氏
今後、人口減少や担い手不足に苦しむ各地方に逆参勤交代を拡大していくには何が必要とされるのだろうか。後編となる本稿では国や地方自治体、さらには企業がどのように逆参勤交代と向き合うべきかを三菱総合研究所主席研究員の松田智生氏に伺った。
目次
毎年人口が80万人減る日本、労働力の有効活用のためにも人材の”共有”が必須
- ――改めて逆参勤交代が今必要な理由を教えてもらえますか?
- 日本では毎年約80万人の人口が減っています。外国人の人口が年約30万人増えていますが、この日本人の人口減少80万人という規模は、佐賀県や山梨県の人口と同じであり、これほど日本の人口減少は深刻な問題なのです。東京一極集中と地方の活性化のために、国は地方創生の政策で、都市部から地方への移住促進を進めてきました。それは都市部と地方で人材の争奪戦を行ってきたということです。
- しかし人口減少のなかで、そのような争奪戦は不毛だったと私は考えています。これからは都市部と地方では人材の争奪でなく共有と循環であり、それが逆参勤交代のような働き方だと思うのです。『人が動けば日本が変わる』はずです。
- ――昨今の新型コロナウイルス感染症の流行によってリモートワークやワーケーションという働き方が注目されましたが、日本人の働き方は変わったのではないでしょうか?
- 確かにリモートワークや在宅勤務、オンライン会議の進展という意味ではコロナ禍の働き方の変化は意義がありました。次の段階としてテレワークやワーケーションといった地方を使った働き方に移行するかと思われたのですが、その変化は限定的だったと言わざるを得ません。
- なぜならコロナ禍にガラガラだった朝の電車も、今ではコロナ禍前と同じように満員で、大手町や丸の内のオフィスビルなどは夜になっても煌々と電気がついているからです。コロナ禍を経ても毎日同じオフィスに9時に出社して5時に帰るというような日本人の本質的な働き方は変わっていませんし、この後も変わらないのではないかと危惧しています。
テレワークやワーケーションというスタイルが一過性のブームで終わってしまうのか否かの分岐点にきていると思っています。
程よい強制力でマス・ボリュームを動かせ、まずは日本の縮図たる大丸有地区から
- ――そのような分岐点において、これから逆参勤交代はどのような役割を果たすのでしょうか?
- 逆参勤交代はスモール・ボリュームでなく、マス・ボリュームを動かしていく必要があります。まず変えていくべきは大手町、丸の内、有楽町地区にある大企業です。
- この大丸有地区はある意味日本の縮図です。就労人口が35万人、上場企業本社が135社もあり、連結売上高は日本のGDP の4分の1に相当する155兆円という規模です。この地区が旧態依然とした働き方では何も変わりません。しかし、逆に言えばこの地区が変われば日本が変わるはずです。首都圏と近畿圏では、大企業の従業員数約1,000万人もいます。大企業のマス・ボリュームを動かせば、その働き方、住まい方、暮らし方も変わると思います。
- ――どのようにすれば、マス・ボリュームを動かすことができるのでしょうか?
- 簡単ではありません。制度や権威に従順という日本人の国民性を逆手にとることが一番効果的だと思っています。振り返れば、江戸時代の参勤交代は実施しなければお家が取りつぶしになりました。であれば、現代でも国が逆参勤交代を実施しなければ、法人税が増税になるとか、逆に実施すれば法人税が安くなるというアメとムチを使い分けることでしょう。
- 今、異次元の政策と言わていますが、江戸の参勤交代はまさに異次元の政策でした。逆参勤交代という異次元の政策を制度化することで、日本のマス・ボリュームを動かすことが可能になるでしょう。
また横並びを意識するいう日本人の国民性を活かして、ライバル企業あるいは業界内では盛んに行われているということになれば、わが社も実施しようという風潮になります。辛かった江戸の参勤交代とは逆に、令和の逆参勤交代は、ワクワク感のある明るいものであるべきです。
- ――確かに税制などの強制力があれば参加する企業が増えそうですね。
- 強制力だけではなくインセンティブも必要です。
例えば、もし地方で労働や作業の手伝いを50時間実施したら5万円の地域通貨になる制度設計も必要です。2015年から始まった地方創生政策ですが、地方への移住は限定的だった言わざるを得ません。
それならば地方に移住や就職は不可能だけども、週や月単位といった期間限定なら移住が可能な関係人口を生み出して、日本全体で減少の一途をたどる労働人口を効率的に活用する方法を見つけるしかない。それが逆参勤交代なのです。
地方に求められるのは強いリーダーシップと“地元事業者”の関わり
- ――国に関しては程よい強制力が必要だとして、受け入れる地方はいかがでしょうか?
- ひとつは自治体の市長や町長の首長が強いリーダーシップが必要です。
逆参勤交代は一朝一夕で成果がでるものではありません。自治体職員に強い熱意があったとしても、数年で部署異動になってしまい、一気に熱が冷めることがあります。職員の異動や担当部署の変更など、組織的な課題を乗り越えるのに、首長のリーダーシップは欠かせません。 - そして行政だけでなく、地元住民の理解を得るためには地域のNPOや企業などの参画も必要です。先に逆参勤交代で訪問した自治体で、空き家をリノベして別荘にすると共に、使わない時には貸別荘事業をしている例をご紹介しましたが、別荘のメンテナンスや賃貸業務は地元の企業が担っています。このように、逆参勤交代をきっかけに、ヨソモノ×地元自治体×地元事業者が三位一体となることが必要です。
- ――受け入れ側が閉鎖的ではいけないということですね。
- 逆参勤交代で首都圏人材が地方に来て、主導権をとって、地域が乗っ取られてしまうのではないかと、地域住民や企業から警戒されることがあります。もちろんそんなことはなく、私は『逆参勤交代の主語は地元住民』ということを良く言っています。
- 逆参勤交代によって期間限定滞在や関係人口が多くなれば、消費が増え、担い手が増え、雇用が生まれ、未来人材育成になり、地元の経済が活性化するという多面的なメリットが見込めます。
それらのメリットの享受者であり主役は地元の方々なのです。受け入れ自治体の住民の方々には、逆参勤交代の主語は地元住民であり、関係人口を活かして自分たちの未来を創っていく第一歩と理解してほしいです。
受動的参加者こそ宝の山、人的資本経営の一環として人材育成や研修は地方で
- ――他方、制度として強制力で動かされる企業側はどのようなスタンスで逆参勤交代に向き合うべきなのでしょうか?
- 企業は人的資本経営として、逆参勤交代を活用すべきと思っています。
例えば、東京の企業が越境学習として地方で人材育成や研修を行う。それによってイノベーションやチームビルディングはもっと効果的に行える可能性があると思います。 - また、部課長や役員になる人はESG経営の一環である人的資本経営やSDGsなどを真剣に考えなければならない時代になっています。それを会社の会議室ではなく、逆参勤交代のような地域でのリアルな越境学習に参加することによって、それらを経営やマネジメントの中に取り込み、自分の言葉で語れるようになるという効果も見込めると思います。
- ――研修や人材育成というと拒否反応を起こす人も多そうです。
- これまでのトライアル逆参勤交代の参加者は、ほとんどが能動的に参加してくれる人ばかりでしたが、実は数名は受動的参加者がいます。受動的参加者というのは、上司から言われて仕方なく参加したり、あるいは友達に誘われて何となく参加したような方です。
- 実は、こうした受動的参加者は逆参勤交代をきっかけに、地域の課題に関心を持ち始めたり、地方副業に関心をもったりしており、彼らは「宝の山」といえます。
とある参加者からは『大企業の技術系人材はほとんど地方に関心を持っていない。しかし実際に逆参勤交代に参加すると人生が変わるぐらい衝撃的な体験だった』というような声を聴いたこともあります。
地方にほとんど関心のなかった人が、地方で様々な刺激を受けたら、その分振れ幅が大きいということです。だからこそ企業内の研修制度などを作ることで、ちょっとした強制力をもって受動的参加者を動かしていかなければいけないのです。
- ――人的資本経営という文脈では逆参勤交代は様々に活用できそうです。
- 過去に北海道上士幌町で逆参勤交代を実施したとき、金融機関勤務のシニア社員が町長に『SDGsに取り組むべき』という提案をし、その後に町のSDGsアドバイザーとしてセカンドキャリアを築いた方もいらっしゃいました。
多くの大企業ではシニア社員にセカンドキャリア研修が行われています。元気の出ない研修を東京の会議室で行うぐらいなら、普段行かない地方に行って、普段出会わない多様な会社の人と一緒に実施するような逆参勤交代があっても良いでしょう。いつもと違った環境なら自分のセカンドキャリアについてポジティブに展望できる機会になりますし、生きる活力が湧いてくると思います。
- ――2024年度以降の逆参勤交代への抱負を教えてください。
- 続けること、深めること、広めることです。
続けることは、逆参勤交代を一過性のイベントにせず継続させていくことです。
深めることは、これまで逆参勤交代を実施した20自治体でより具体的な取組を深化させることです。
例えば、首都圏人材の拠点となる施設“藩邸”をつくったり、人材を呼び込むインフルエンサーであり、地域との橋渡し役になる“家老”、ふるさと納税やクラウドファンディングなど、ヒト・モノ・カネ・情報が動き始めています。 - また今年度からは地方の中高生と交流する機会をつくり、地方の将来を担う未来人材の育成に取り組みたいと考えています。
地元学生との交流は2018年に熊本地震の被災地である熊本県南阿蘇村を訪れた時に実施したことがあるのですが、被災地である南阿蘇村の子どもたちは自分たちの村の将来に不安を覚え、自己肯定感が低くなってた気がしました。
しかし逆参勤交代の参加者が、ヨソモノからみた南阿蘇村の魅力やこれからの復興モデルを子どもたちと話し合っていると、彼らの目がキラキラと変わっていったのを覚えています。それは参加者も同じ、地元学生との交流を通じて私たちも学ぶことが多かったです。 - 福沢諭吉が半学半教という言葉を残しているように、逆参勤交代では多世代が半分学びながら半分教えるのが非常に尊いことで、今年度はそうした未来人材育成も行っていきたいと思っています。
- ――逆参勤交代は松田さんのライフワークですね。
- 仕事には、飯を食べるだけが目的の味気ないライスワークというものがあり、一方でワクワクするようなライフワークがあると聞きました。その意味で逆参勤交代は、私のライフワークです。
- 最近、人生は「縁×運×恩」だと思っています。その意味は、良い縁が増えれば、良い運が広がり、それらに恩返しをしていくことですが、逆参勤交代をきっかけに全国で良い縁が増え、そうした経験が出来ている私は本当に運が良いと思います。それらに対して、率先垂範の行動で恩返ししていきたいです。
文・冨田大介
写真・大井成義
- 松田 智生(まつだ ともお)株式会社三菱総合研究所
- 三菱総合研究所 主席研究員・チーフプロデューサー。高知大学客員教授、秋田大学客員教授。慶應義塾大学法学部卒業。1991年三菱総合研究所入社。専門は地域活性化、アクティブシニア論。中央官庁、地方自治体、企業のアドバイザーを幅広く務める当該分野の第一人者。内閣府高齢社会フォーラム企画委員、政府日本版CCRC構想有識者会議委員、石川県ニッチトップ企業評価委員、諏訪市関係人口創出アドバイザー、長崎県壱岐市政策顧問等を歴任。著書に『明るい逆参勤交代が日本を変える』、『日本版CCRCがわかる本』。