三菱総合研究所 主席研究員 松田智生氏
現代の日本で、その参勤交代をモデルにした“逆”参勤交代を行い、首都圏と地方の関係性に一石を投じようとしているのが、三菱総合研究所主席研究員の松田智生氏だ。松田氏は内閣官房、内閣府、厚労省等中央官庁の委員や諏訪市、浜松市、壱岐市等、地方自治体のアドバイザーを務め、また秋田大学や高知大学の客員教授でもある。松田氏が提唱する逆参勤交代は、単に首都圏から地方への人流を生み出すためだけではなく、日本人の働き方や住まい方の国や企業への提言でもある。744自治体が消滅可能性を危惧される昨今、地方創生は待ったなしの状況だ。
本稿では前後半に分けて、前編では昨年度丸の内プラチナ大学(丸の内で開催される市民大学:学長は第28第東京大学総長小宮山宏氏)で実施したトライアル逆参勤交代での参加者アンケートを参考にしながら、逆参勤交代の成果や参加者への効果、さらには今後の改善点などを紹介する。また後編では国、地方、企業がどのように逆参勤交代と向き合うべきか松田氏から提言を聞いた。
逆参勤交代については過去の記事でも紹介しているが、改めて簡単に振り返っておこう。逆参勤交代構想は、首都圏を中心とした都市部の企業に勤める人材が期間限定で地方に住み、地方で働くことを可能にするという構想で、週に数日は本業をこなし、残りは地方のために働くというスタイルだ。このような短期間の移住によって地方で消費行動の活性化や住居などの地域資源の活用が望めるのみならず、地方が持つ課題を一緒に解決したり、担い手不足を解消したりと観光以上移住未満の「関係人口」の創出にもつなげていこうということだ。
松田氏はこれまで北は北海道から南は九州まで20以上の市町村で数日間地方移住をする「トライアル逆参勤交代」を実施してきた。滞在中、逆参勤交代の参加者は、その地方の企業やキーパーソンと交流を行い、最終日には課題解決の提案を市長や町長に対してプレゼンテーションするというプログラム内容だ。2023年度、丸の内プラチナ大学では北海道乙部町、新潟県妙高市、長野県諏訪市、静岡県浜松市、長崎県壱岐市、高知県須崎市の6つの自治体で逆参勤交代が実施された。松田氏は逆参勤交代の参加者アンケートをもとに2023年度の逆参勤交代を振り返ってくれた。
目次
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2023年度、参加者のすそ野が広がり課題解決への取り組みも続々
出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員
- ――2023年度の逆参勤交代を振り返って、どのような感想をお持ちですか?
- 昨年度末に実施した参加者アンケートで、まず注目すべきことは参加者の属性に関してでした。大企業の社員やベンチャー、個人事業主が中心だったなのですが、注目すべきは新たに大学生が参加して、参加者の16%になったということです。これは今までなかった新しい傾向です。なぜ大学生が逆参勤交代に?と思うでしょうが、参加した大学生の言葉を借りれば『首都圏の大学生は地方と関わったり学んだりする機会がない』とのことで、首都圏以外の地方の現状に興味を持ってくれているのだと思います。その意味では逆参勤交代は地方の魅力や課題に関して、社会人にも学生にも身をもって学ぶ良い機会を提供できていると思います。
出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員
- ――大学生も地方を活性化させる人材になり得るということでしょうか?
- 例えば、昨年度訪れた須崎市では、参加した大学生が帰国子女なので、流暢な英語でインバウンド向けの紹介ビデオを自ら作って市長に提案していました。須崎市内でこのような若者を見つけようと思うのは大変だし、外国人も少ない。また外部に委託すると相当な予算もかかりますが、その大学生は須崎市が好きになって自主的に作ってくれました。このように自らの能力を活かして地方に貢献できるのは素晴らしい傾向だと思っています。
- ――会社員の方の参加も多かったと思いますが、会社員の方はいかがでしょうか。
- 製造業に勤務する方は、自社が持つ空間の快適化のノウハウを、訪問した地方のホテルと連携して客室空間の快適化に転用するプロジェクトを進めています。また、逆参勤交代で訪問した場所に通ううちに、市内の空き家を自分の別荘にリノベーションし、さらには自分が使わないときは民泊施設として貸し出すビジネスを個人で始める方もいます。
- ――企業人としても個人事業主としても逆参勤交代を通じて実績が出てきていますね。
- 地方活性化の文脈では『頑張ろう日本』とか『絆』などのキャッチフレーズだけが叫ばれます。しかし、精神論だけでなく、先の例のように個人が空き家のリノベーションに投資して、それを貸し出すことで、その投資は数年で回収ができる優良な投資機会なのだという経済的メリットを示していくことも非常に重要なことです。海外の株やベンチャーに投資する前に、日本の地方にこそ投資機会はあるのです。
地方ならではの環境や魅力に触れ、ウェルビーイングが向上、生きる力が湧いてくる
- ――逆参勤交代の参加者は企業人でも個人事業主でも大学生でもどのような方でも活躍の場があるということですね。
- 参加者アンケートによれば、所属する会社の営業活動や商品開発など業務の一環として参加した人と、副業や兼業、さらには休暇を目的としたプライベートで参加された人の割合は半分ずつぐらいでした。参加者の97%が逆参勤交代に参加して『大変満足』あるいは『満足』と答えており、業務であれプライベートであれ、どちらで参加しても高い満足度が得られています。また参加後のウェルビーイングも75%の人が『向上した』と答えています。
出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員
- ――逆参勤交代に参加した後にウェルビーイングが向上したというのはいったいどういうことなのでしょうか?
- 参勤交代で体にも心にも良い化学反応が生まれているということだと思います。
例えば企業人なら、同じ会社で、決まった序列で、いつもの社内用語を使って日々働いていても、そこにイノベーションや良い化学反応は生まれにくい。ところが逆参勤交代に参加し、普段行かない場所で、普段出会わないような人と会って、地域で奮闘する事業者と交流するなかで、良い化学反応が生まれ、生きる力が湧いてくるのだと思います。逆参勤交代で訪れた地域では、朝は鳥の声で目が覚め、夜は満天の星を眺め、就農体験をするいう首都圏ではなかなか出来ない体験があります。
数日間とはいえ、日常とは違った環境に身を置くことは、ウェルビーイングや生きる力を取り戻すことに繋がっているのだと思います。
- ――逆参勤交代では地域の課題解決に奮闘する事業者や、他の地域にはない特徴的な活動の現場を見聞するフィールドワークが開催される。また地域のキーパーソンとの意見交換会や懇親会も行われ、刺激的な「化学反応」が起こっているということだ。そしてその化学反応やウェルビーイングは、訪問地域への愛着という形になって表れる。松田氏によれば、参加者はキーパーソンとの交流とフィールドワークを高く評価しており、また参加者の94%が訪問地域への関心を高め、34%が同じ地域を再訪したそうだ。
- 地方で活躍している人たちは、首都圏の私たちとは異なる価値観や率先垂範の行動力があり、とても新鮮です。そして何より個性的です。逆参勤交代の最大の魅力の一つはそんな地元の人たちと会って話をして、刺激をもらえるということだと思います。そして、地方の方も首都圏人材との交流のなかで、新たな気づきを得たり、新たなサポーターを発見します。お互いにとってメリットがあるのです。
課題は効果の見える化、しかし企業の人的資本経営や離職率抑制に有効
- ――これらの成果の一方、アンケートでは課題も浮き彫りとなっていると思います。課題についても教えてください。
- 良いことばかりでもなくて、光があれば影があるように、逆参勤交代の課題も見えてきました。参加者アンケートでは費用対効果の明確化を求める声が最も多くあがりました。
参加者の47%が会社や所属団体から何らかの補助を受けており、おそらくは会社に対して逆参勤交代に参加した効果や成果というものを提示するように求められているためだと思います。
- ――今後の対策としては?
- 逆参勤交代に参加したから、すぐに新たなビジネスが生まれたり、収益に貢献することにはなかなかならないと思います。経済的価値だけでなく、多様な効果を『見える化』していく必要があります。
例えば健康指標です。交感神経と副交感神経を計測する機器を使って、地方にいるときのストレスの低さや市長プレゼンでの集中力といった緊張と緩和を織り交ぜることで、普段の会社よりも集中力が高まったりクリエイティブな発想ができたり、リラックスできていることを見える化していきたいと考えています。
出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員
- ――松田氏は、このような逆参勤交代の課題を明らかにしつつも、それでも多くの企業が逆参勤交代を実施すべきと語る。
- 参加者アンケートで今後有望な逆参勤交代のモデルを聞いたところ、地方で新たな仕事を発見する「兼業・兼業副業型」と、地域での人材育成・研修重視の「人的資本型」の2つが上位を占めました。企業は地方での兼業や副業を社員に認めることで、社員のモチベーションアップや働き方改革に繋がります。また人的資本経営として地方で人材育成や研修を行えば、株主や投資家への訴求力も高まります。長期的にみればこの2つは離職率抑制につながっていくはずです。
特に人的資本経営は時代の要請であり、企業が人材を資本として捉え人材の価値を最大化する努力をするとともに、株主や投資家に説明することが求められています。その際に逆参勤交代を通じて越境学習や地域学習をさせている、あるいは地方で研修や人材育成プログラムを実施しているということはとてもよいアピール材料になるはずです。
- ――このように2023年度の逆参勤交代では、参加者のすそ野が広がったこと、また本業を持ちながらも地方の課題解決に取り組む参加者、そして短期間でも公私を問わず普段とは異なった環境や人に接することでウェルビーイングの向上につながることがわかってきた。それでは松田氏はこの逆参勤交代の未来像をどのように描くのだろうか。後編では、国、地方自治体、そして企業が逆参勤交代とどのように向き合うべきか松田氏の提言を紹介してみたい。
著書:「明るい逆参勤交代が日本を変える」
文・冨田大介
写真・大井成義
- 松田 智生(まつだ ともお)株式会社三菱総合研究所
- 三菱総合研究所 主席研究員・チーフプロデューサー。高知大学客員教授、秋田大学客員教授。慶應義塾大学法学部卒業。1991年三菱総合研究所入社。専門は地域活性化、アクティブシニア論。中央官庁、地方自治体、企業のアドバイザーを幅広く務める当該分野の第一人者。内閣府高齢社会フォーラム企画委員、政府日本版CCRC構想有識者会議委員、石川県ニッチトップ企業評価委員、諏訪市関係人口創出アドバイザー、長崎県壱岐市政策顧問等を歴任。著書に『明るい逆参勤交代が日本を変える』、『日本版CCRCがわかる本』。