リアルに会っていれば理解できるという幻想【スマート会議術第161回】

リアルに会っていれば理解できるという幻想【スマート会議術第161回】株式会社メンバーズ 執行役員 池田朋弘氏

昨年、緊急事態宣言の発出によって、一気にテレワークの導入が加速した。しかし、今年二度目の宣言があった際には昨年ほどテレワークは浸透しなかった。それまでに試験的に導入するなど下地ができていた企業は成功し、そうでなかった企業はテレワークによって新たな問題が生じ、結局「出社」に戻ってしまうケースが出てきたのだ。

失敗した企業の多くは何が問題だったのか。はたしてテレワークはコロナ禍でなければ不要だったのか。それとも、コロナ禍に関係なく、企業の成長に必須の制度なのか。

このたび、『テレワーク環境でも成果を出す チームコミュニケーションの教科書』を上梓した株式会社メンバーズの執行役員・池田朋弘氏に、組織や従業員にとって、メリットが最大化するテレワークの取り入れ方を解説してもらった。

目次

テレワークを阻む4つの壁

――今年1月に二度目の緊急事態宣言が発出されましたが、1回目ほどテレワークをする企業は増えていません。一度テレワークをやってみたものの、元に戻ってしまった会社も多いようです。その原因はどこにあると考えていますか。
テレワークをするときには壁が4つあると思っています。まず、そもそもやったことがないことはしたくないという心理的な壁。2つめにパソコンやチャットツールがないというIT環境の壁。3つめはセキュリティの壁。特に大きな会社ほど労務管理を含めていろいろ面倒な規定が多い。最後に関係性の壁。離れて働いていても、お互いに信頼してしっかりコミュニケーションがとれないために仕事がそれ以上進まないという壁があると思っています。
1つめの心理的な壁は意外と高いので、テレワークが浸透するのは難しいかなとは思っていました。ただ、昨年はもともとオリンピックを想定していたので、都心の会社は2週間くらいはテレワークをしなくちゃいけないという心構えがある程度あった。でも想定外のコロナ禍が突然起きて「心理的な壁」「IT環境の壁」「セキュリティの壁」の3つの壁は強制的にみんなが一気に越えてしまった。多少不十分でも強制的にやらざるを得なくなったんですね。でも、最後の「関係性の壁」が崩れていない。
テレワークであっても、働いている一人ひとりがちゃんと自分のことを伝えられたり、相手のことを理解したりしながら、チーム関係を保ってやっていくソフトスキルは習得するまでに時間がかかります。いきなり英会話が話せるようにならないのと同じで、テレワークで十分にコミュニケーションをとって働けるスキルセットが備わってない。
3つの壁は強制的に崩れましたが、最後の「関係性の壁」にぶつかったら結構痛かったので元に戻ってしまったのかと思います。まだテレワークに適したコミュニケーションをする力を持っている人が少ないので、チームでうまく回らずやめようという方向になっていると感じています。
――「関係性の壁」は他の3つの壁を言い訳にしている企業も多い気がします。テレワークになっていなくてももともとコミュニケーションがちゃんとできていたかどうかは怪しいですね。
まさにそうですね。テレワークになって、それまでできていなかったことが明確になった気がします。テレワークに起因する課題なのか、テレワークになって目立ったもともとの課題なのかは結構難しくて、切り分けされていない気がします。
評価制度が未熟であったり、会社として日々コミュニケーションする仕組みがなかったり、ミッションやビジョン、方向性を示す徹底度が弱かったりとテレワークになると露わになりやすい。露わになると「やっぱりテレワークだからダメ」というラベルが貼られて、まとめてテレワークのせいになっている部分もあると思います。テレワークのせいというよりはもともと課題としてあって、テレワークになったから浮かび上がっただけの企業が増えたのだと思います。
――そういう意味では痛みは伴ったものの、いいきっかけになったとも言えますね。
そうですね。すごくいいきっかけになったと思います。組織でミッションやビジョンを明確にすべきことを定めて、すでにさまざまなコミュニケーション手法を試している会社は、おそらくダメージが少なかったと思います。一方、リアルに集まっているだけで「あえて説明しなくてもわかっているでしょ」という会社はダメージが多かったと思います。
もう1つは個々人がお互いに多様性があることを前提に、なるべく言語化してしっかりコミュニケーションをとるローコンテクストな組織と、なんとなく上司が言っていることを雰囲気で察して、言語化されてないけど空気感でやる感じのハイコンテクストな組織との違いがあると思います。
ハイコンテクストすぎる会社は、横で雰囲気を見て、言葉にしてなくてもちゃんと察しろという雰囲気になっているので、テレワークでは察するのが難しい。結果的にはテレワークのせいではないものの、テレワークによってものすごく目立つ課題になる。
――IT企業がテレワークに馴染みやすいのは単にITリテラシーやインフラだけの問題ではなく、ローコンテクストのコミュニケーションに慣れている若い人が多いことも大きい気がします。
それはあるかもしれないですね。たとえば会議がムダに長くて明確に何かを判断したり決定したりはしない会議や、偉い人が一方的にしゃべって座る席が決まっていたりしている会議でも、オンラインだとみんなフラットで雰囲気もないのでそういう圧力が通じない。そういう意味でテレワークは若いベンチャー企業のほうが相対的には導入しやすくなっているのかなと思います。
――最近のリモート会議ツールでは、モニター上で偉い人が大きく表示されたり、上から順番に並べられたりするような機能もありますね。
そういうしきたりを重視する会社は間違いなくありますから、難しいですよね(笑)。それを急に無理やり変えるのも難しいと思うので、少しずつ馴染ませていくしかない。ただ、古い慣習に注力するよりは、ちゃんと発言を明確にしてポリシーをちゃんと伝えるような姿勢に変えていって、自分のソフトスキルを鍛えていくほうが長期的にもメリットは大きいし、本質的なのかなとは思います。

ローコンテクスト/ハイコンテクスト*
ローコンテクストは具体的な言葉に依存したコミュニケーション文化のこと。対して、ハイコンテクストはコミュニケーションの際に互いに相手の意図を察し合うことで、「以心伝心」でなんとなく通じてしまう環境や状況のこと。日本は、「空気を読む」といった文脈理解が重視されるハイコンテクストな文化とされる。

テレワークの3つのメリット

――メンバーズではコロナ禍以前から全面的にテレワークを導入されていますが、テレワークのどんな点にメリットを感じていたのでしょうか。
まず採用ですね。テレワーク対応を謳う会社は多いものの、まだ完全なテレワーク対応をしていない会社が圧倒的に多い。実は週1出社は必須だったり、最初の3カ月はフル出勤だったりで、最初からテレワークという会社はほとんどないという声をよく聞きます。
「慣れたらテレワークを一部導入する」という段階の会社がほとんどで、全面的にテレワークで働ける会社は少ない。だからフルテレワークで採用できる状態にすると、明確に採用の差別化要素になるんです。そうすると、給与条件や知名度で負けていても相対的に有利で、地理条件をなくすことで能力が高い人を採用しやすいというのが一番大きなメリットですね。
2つめはコスト的な問題です。最低限のIT環境があれば、人員が増えても増床などにコストをかけなくていい。通勤費もかけなくていい。その分のコストを給与や福利厚生などに還元できる。
3つめは社会的にテレワークでないと働けない人も結構いるということ。病気で家から出られないとか、シングルマザーとか、パートナーが転勤するとか、介護とか、子どもが障害を持っているとか…。いろいろな理由で在宅を前提にしないと正社員になったり、継続的に働いたりすることが難しい人が結構いるという思いがずっとありました。
能力が圧倒的に高い人がさまざまな事情があって働けないのはもったいない。そういう人たちが特性を活かしながら働けるようになっていけばうれしい。テレワークを選択する理由が、単に出社したくないとか満員電車が嫌だとかではなく、必然的にそういう選択肢を取らざるを得ない人の採用を増やしたほうが、社会的な意義もあると思うので。
――採用において実際に違いは出てきたのですか。
応募数は全然違いますね。メンバーズと合併する前の社員数10人くらいのときからやっていましたが、「リモート 採用」とか「リモートワーク 転職」といったキーワードでページが上位に上がっていたこともあって、ほとんどコストをかけなくても何十人と応募が来ますからね。小さい会社だと普通はあり得ないと思います。
――リモートで採用面接をする場合、特に気をつけることはありますか。
リモートかそうでないかに関係なく採用は本当に難しい。相性が合うか、スキルがあるか、その人の生き方と会社の方向性なども含めて、僕も採用で結構失敗はしているんですよ。合わない人が入ってきてすぐ辞めちゃうとか、トラブルを起こして会社の雰囲気が悪くなるとかもありました。リモートじゃなくてもその難しさは変わらないです。
だからオンライン面談で意識したのは、接触の回数を増やすことと、なるべくロングスパンで見ようとしました。対面だと何回も来てもらうのは難しいので、よっぽど採用力のある大企業以外は、たぶん1回か2回の面談で採用をジャッジすると思うんですね。期間も1カ月以内ぐらいで決めていると思うのですが、弊社の場合は少なくとも3カ月ぐらいで4~5回はオンライン面談をします。
インターンとしてオンラインで少し仕事もしてもらって決めていました。だから相当長い時間をかけて、接触の頻度もメールとかチャットも含めて、小刻みにたくさん会うのと同じ形で、お互いなるべく齟齬がないようにしっかり密にコミュニケーションをとっています。オンライン面談は時間当たりの密度は低いかもしれないですが、接触する回数を重ねることでミスマッチを防ぐことはできると思います。
オンライン面談をやっていない会社は、オンライン採用に対して「大丈夫なの?」「オンラインだけでちゃんと人となりわかるの?」と心配されると思いますが、逆に1時間会って面談しただけで決めるほうが不安です。
――実際にオンライン面談になって採用ミスは減りましたか。
減ったと思います。コミュニケーションの量と数を増やして期間を延ばしたことで、面談される方も大変じゃないですか。よっぽどいいと思ってくれないとつき合ってくれない。これができるのはやっぱりリモートだからだと思うんですね。転職の場合、現職があるのに3カ月間かけて何回も会うのは無理がある。対面で会わなくてもチャットを含めて時間をかけてコミュニケーションをとっていれば、採用ミスは減ると思います。

テレワークでは文章力が改めて問われる

――実際に仕事では社内でも社外でも、リモートでコミュニケーションをとることのほうが多いですよね。そういう意味では、メールやチャットなどのオンラインでのコミュニケーション能力が問われませんか。
そうですね。文章の書き方でコミュニケーション能力はわかりますよね。以前は一時期チャット面談もしていました。面談といってもインタビューをチャットでするだけですけど、そうするとタイピング速度もわかるし、文章での表現力とかもわかる。あと普通の面談に比べて、エントリーの人を横に並べて比較しやすい。同じような質問をチャットでするので、量もわかるし、そういうのをやったりしていました。
――文章力はテレワーク時代によってさらに重視されるということですか。
かなり重要だと思います。ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史』を読むと、なぜ人類が他の動物と違って多様な組織やネットワークを形成できたかというと、1つは文字であると書かれていました。文字をつくることによって、人類は多人数に対して時間的・地理的制約なしにコミュニケーションがとれるようになった。情報や知識も蓄積して、幅広い伝達ができるようになった。
口頭コミュニケーションだけに頼っていると、たぶん対応できる範囲がすごく狭い。コミュニケーションを広げていこうとすると、文字をちゃんと使ってコミュニケーションできる力は、ないよりはあったほうが圧倒的に便利です。また、テキストは非同期にやれるのがいいですよね。こちらが発信したいときに発信しておき、相手が見られるときに見てもらうことがすごくやりやすいので楽なんですよ。
――テレワークでのコミュニケーションで年代的なギャップを感じることはありますか。
なるべく年代で差をつけたりしないように意識はしていますが、やっぱり20~30代の若い人のほうが、年配の方に比べると、うちの組織では馴染みやすそうな感じはしました。
弊社ではテレワークでもコミュニケーションは比較的柔らかさを重視します。絵文字を使うとか、びっくりマークをつけてみるとか、伸ばし音をつけるようなことを意識しています。これは人によって好みもあるので難しいのですが、テキストは丁寧すぎるとちょっと距離感のある強い調子のコミュニケーションになるのは間違いないので。
「○○を直してください」といった調子の文章をチャットでずっと見ていたら萎えると思うんですよ。怒っている感じもするし、叱られたなって感じになる。「○○を直してください」より「こことここだけ、直してもらってもいいですか?」としたほうが印象はいいですよね。言い回し的に厳しくしすぎずに、カジュアルな感じをチャットでもメールでもなるべくインストールしていきたいと思ってやってきました。年配になるほどカジュアルな雰囲気を出すのに違和感を抱く人は多い印象はあります。
――極端な例で、LINEなどのチャットツールでも「おじさんの絵文字がキモい」と言われたりして、ギャップが大きすぎて違和感もあったりするのでバランスが難しいですね。
ちょっと難しいところですよね(笑)。ただテンションがあまりに低いと直接会うよりも冷たく厳しく感じがちなので、そこを意識して意図的にちょっとテンション高めに柔らかめにして丁度いいかなと思います。

『サピエンス全史』(上下)*
世界で500万部以上のベストセラーとなった名著。人類がこの地球の頂点に君臨できたのか、その謎を全人類史を俯瞰し、その性質ゆえにこれから人類がたどる未来をリアルに予言。世界中で、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグ、バラク・オバマ前米国大統領のをはじめ、有数の経営者やリーダーたちも絶賛している。

文・鈴木涼太

池田 朋弘(いけだ ともひろ)株式会社メンバーズ
株式会社メンバーズ執行役員。株式会社ポップインサイト 創業者・元CEO。早稲田大学卒。2008年に株式会社ビービットに入社し、UXコンサルタントとして従事。2013年にポップインサイトを創業。クラウドソーシング事業を立ち上げ、リモート環境で数千人のメンバーを組織し、コンテンツ制作・AI向けデータ収集など多数のプロジェクトを実施。2020年4月にポップインサイト代表取締役を退任し、株式会社メンバーズ執行役員としてマーケティングを担当。日本初のリモートUXリサーチサービスを開発。リモートワークにおける組織マネジメントを試行錯誤し、50人以上の組織を運営し事業成長を牽引。2018年には、総務省のテレワーク先駆者百選を受賞。2020年11月、テレワークでの組織マネジメント経験をまとめた書籍『テレワーク環境でも成果を出す チームコミュニケーションの教科書』を上梓。

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