ワーケーションを通じてさまざまな働き方を考えていく【スマート会議術第157回】

ワーケーションを通じてさまざまな働き方を考えていく【スマート会議術第157回】日本航空株式会社 東原祥匡氏

コロナ禍でテレワークの推奨が進む中、どうすれば時間と場所に捉われない働き方が実現できるのか。

日本航空では早くからこの課題に取り組んできた。2014年に在宅勤務制度のトライアルからスタート。2016年には勤務場所を自宅に限らないとし、テレワーク制度を実施。職場のフリーアドレス化も後押しとなり、テレワークを行うことへのハードルが下がっていった。制度が定着するように社員の声を反映しながら制度を改定していった「小さく産んで、大きく育てる」という方針が功を奏した。なお、テレワークの申請に理由の申告を求めていないという部分も特徴的である。

そして2017年、休暇をベースとしてその一部に業務が入ることを認めるワーケーション制度をスタート。制度導入当初は、社員からは「休日にも働かせるのか」といった声もあがった。しかし、ワーケーションはワークスタイル変革における、働き方・休み方の選択肢のひとつであることを理解してもらうべく、さまざまな取り組みを試みた。

2019年からは出張時に休暇を加える「ビジネス」と「レジャー」の融合を意味する「ブリージャー制度」も導入した。これは働き方改革に留まらず、その土地を知り、自身の感性を高める機会が増えるため、多様性の実現や地域創生につながるとして注目が高まっている。

多様な働き方を選択できる会社に生まれ変わったことで離職率も低下したという。「わかってはいてもなかなか変えらない」という声が多い中、先んじてワークスタイル改革を推進する企業として注目を集める日本航空。

テレワークやワーケーションがうまく実現できない会社と成功する会社は何が違うのか。日本航空のワークスタイル変革はなぜ成功しているのか。人財戦略部 厚生企画・労務グループの東原祥匡氏に、その成功の糸口を聞いた。

目次

働き方改革の一環で始まったワーケーション

――御社でワーケーションが始まった経緯をお教えください。
ワーケーションは働き方改革の一環です。弊社は企業理念に「お客さまに最高のサービスを提供します」「企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します」と定めていますが、その理念を実現していくには、「全社員がいきいきと働けるような環境」が必要だと考えました。
弊社では2017年から総実労働時間の1850時間を目指しています。弊社の所定労働時間は8時間のため、年次有給休暇を20日間取得し、月間の時間外休日労働時間、いわゆる残業を4時間程度に収めると1850時間となります。月間の残業時間が4時間、つまりほぼ残業ゼロかつ年休20日をきちんと取ることを目指すという意味です。
ただ、突然「年休を取れ」と言われても、それまで20日すべては取らないのが当たり前の文化もあったので、なかなか取れません。長期休暇に関しては、予定していても仕事が入ればスケジュールを変更せざるを得ないという実態もありました。
そのうちに「テレワークが遠隔地でもできれば、帰省先とも合わせられるのに」という社員の声や、たまたま「ワーケーションって言葉があるらしい」という情報も社外で耳にし、実際に遠隔地でテレワークを認めることを社員の声を反映する形で実現しました。これまでテレワークは、必要に応じて出社ができることを前提にしていたのですが、休暇取得促進のためのツールとして、遠隔地でのテレワークを認めるワーケーションを導入したのが2017年でした。
――テレワークのロケーションについては決まった定義があるのですか。
前述のとおり、必要に応じて出社が可能であれば、場所の指定はありませんでした。ホテルの部屋でも、実家の部屋でも、カフェでもいい。これまで働き方改革でやってきた「パソコンとWi-Fiがあれば仕事はどこでもできる」という考えでやってきました。
コロナ禍になる前はオフィスに行くことを前提として一部をテレワークにするという考えがベースだったので、テレワークに向くような業務に片寄せていたような一面もありました。しかしながらコロナ禍になってテレワークが主になったいまは、テレビ会議なども含めた通常の業務をテレワークで行う機会も増え、質の向上にもつながる働く場所、という観点も必要だと考えています。
――ワーケーションはどういう形で具体的に制度化していったのですか。
2015年頃より、ノートパソコンや社給携帯の配布、フリーアドレスの展開、制度面ではフレックス勤務制度の導入など、ある程度の環境が整っていましたので、テレワークに対するハードルはそこまで高くなかったですが、さらに休暇を取得するという要素を追加してテレワークの仕組みの延長としてスタートしました。
弊社のワーケーションは休暇取得をベースにしているので、半分以上が休暇であるということを前提にし、休暇の中に一部業務が入るという形でワーケーション制度が始まりました。とはいっても最初は「休日に働かせるのか」といったネガティブな声もあったので、いろいろな浸透施策をやってきました。
――2019年からはワーケーションとは別にブリ―ジャーも始めています。この両者はどんな違いがあるのですか。
ワーケーションは休暇をベースに、一部業務が入ることを認める制度ですが、ブリ―ジャーは出張のときに前後に休暇をつけられるという制度です。大きな違いが出てくるのは「移動の費用をどちらが持つか」という点です。ワーケーションはプライベートがベースなので自己負担。働いている一部の時間はフレックス勤務のような形で就業時間として認めます。ブリ―ジャーは出張なので往復の移動の費用は会社負担です。休暇に入った部分の宿泊費は自己負担になりますが、もともと出張に伴い発生する費用は会社が負担します。
――社員の自己申請になるのですか。
そうですね。出張時は事前に出張申請をする必要がありますので、ブリージャーとする場合はその申請時につける休暇日数を申請し、所属長や上長の承認を得るようにしています。
――ブリ―ジャーのほうが取りやすい印象がありますが、社員の反応はどうですか。
この制度を始めてから半年でコロナ禍になったので、そもそも出張に行っていない状況ですが、それでも取得者は想定よりも多かったですね。ワーケーションは休暇がベースなので自分の行きたいところに行くことになりますが、ブリ―ジャーは業務指示なので、休暇では行かないようなところに行く可能性があり、この出張をきっかけに現地を知ってみようと思う社員も多かったのかもしれません。その土地でしかできない経験をして、次につなげよう、自分を高めようという意識の表れだと思います。

社会課題の解決につながるワーケーション

――ワーケーションとブリ―ジャーにおいて今後の課題はありますか。
ワーケーションやブリージャーをきっかけに、いま私たちがイメージする働き方ではない新しいスタイルをもっと考えていく必要があると考えています。たとえば、移住や兼業、複業などがもっと進んでいくかもしれない。
そういった時代のスピードがコロナ禍によって早まって、ワーケーションやブリージャーを使って何ができるのかを考える人も増えていくと思うので、そのような変化やさまざまな社会課題を先取りした働き方を考え、さらには制度にどう落とし込んでいくのかがいまの課題だと思っています。また、自分で自分の時間と場所をマネジメントできる人材育成にも、ワーケーションやブリ―ジャーが活きてくるのではないかと思っています。
――ワーケーションやブリ―ジャーの延長線上に地域活性化や地方創生の期待もあると思います。
ワーケーションやブリージャーがゴールではなく、その先にある課題解決といった観点は重要と思っています。企業がこのような時間と場所に捉われない柔軟性な働き方、休み方を推進することによって、人の移動が活発化し必然的に関係人口の増加等にもつながります。その地域でしかできない経験をすることができるという働き手側のメリットが、地域側にも人材交流や労働力の都市部からの分散という観点でも非常に期待がなされると思います。より、地域への滞在日数が増えていけば、たとえばその後に7割の本業での勤務と3割の地域貢献とか、もしくは対価をもらって労働力を提供するということもあるかもしれません。
――各自治体がワーケーションの誘致に積極的な一方で、ワーケーションに二の足を踏む企業が多いのも現状のようですね。
何かあったときに社員を守るために、労務管理をきちんとして、どこまでが仕事で、どこまでが休暇なのかということをしっかり線引きし制度化しておくことは非常に重要です。単にイノベーションだけで突っ走ってもいけない。労務管理は大きなポイントだと思っています。弊社にいただく相談も、人事労務のご担当の方からか、そうでなくても、社内で人事労務の部署にアプローチをしたいが、どう話したらいいかという観点が多いです。
また、受け入れ側からの相談もあります。地域や自治体側は365日受け入れ体制が整っているけど、逆に会社のワーケーションとかブリ―ジャーは年に数回の話をしている。みんなが常に行き来しているような前提で話をしていることがあるのですが、それは数的には明らかにマッチングしない。
日本のノマドワーカーやフリーランスの方は、欧米に比べると圧倒的に少ないので、企業に属している方がどういった柔軟性のある働き方を求めていくかという観点で考えていかないと、企業にとって魅力的には映らないと思います。単にワーケーションを導入するということではなく、その先に何を見据えているのか、何をやっていくかの理由づけが絶対に必要です。

テレワークが増えるほど質を上げないといけない

――働き方改革の一環としてテレワークが推奨されるとはいえ、業種によっては難しいという会社も多いと思います。テレワークが増えていながらも工夫されているような点はありますか。
労働時間はかなり減っていますし、休暇も取っていくのが当たり前になっているので、テレワークはかなり浸透してきていると思います。その代わり働いている時間は結構必死です(笑)。
テレワークが増えれば増えるほど質を上げないといけないと感じますね。また、テレワークでもコミュニケーションを保つために、話し合う時間を設けたり、グループで雑談タイム30分を設けたりする職場もあります。ほかにも出社するタイミングをあえて合わせるなど、さまざまな工夫をし、いままでと同じコミュニケーションの質を目指しています。
全体で出社率を落としていく中で、新入社員や新しく配置転換をされた人などまだ信頼関係がつかめてない人は、あえて出社してもらうようにすることもあります。
弊社の場合、配置転換は2~3年であるので、あえて配属されて初動の期間は出社してもらうこともあります。その一定期間は上司も含めて周りの社員も出社するようにし、長い目で見てテレワークでもその社員とコミュニケーションを取っていけるような関係性をまずつくることを意識しています。
――「やっぱり出社したほうがいい」という声はありますか。
「このままテレワークを主とした勤務を続けたい」という人が9割以上です。通勤で往復2時間ぐらい使っている社員もいるからだと思います。ただ、コミュニケーションの観点から「テレワークのみ」という形にはならないと思います。
一方で「たまの出社だったら遠くに住みたい」という意見も出てきているので、今後のニーズ次第では、現在は通勤圏内に生活基盤を置いている人がほとんどだと思いますので、社内の制度なども変えていく必要もあるのではと思っています。
――リアルに会う機会が減ると会うこと自体の価値が上がってくると思いますが、そういう意識の変化は感じられますか。
そうですね。いままでは出社して当たり前に一緒にいたので、かえって1日中上司と会話しないこともありました(笑)。でも、いまは出社する意義や目的をちゃんと考えて出社するようになっているので、対面で話すことの価値もより上がっていると思います。コロナ禍になって大半の方がそういう変化を感じていると思いますが、今後もより意識していかないといけないのかなと思っています。
そのように、目的意識を持った出社をするとともに、一方ではテレワークの質も上げていかないといけないと思っています。サテライトオフィスが話題になることもあります。よくオフィスの返却の話も聞きますが、賃借料が減った分や交通費がかからなくなる分は別の質が向上できるものに回すという考え方もあるかもしれません。それぞれの場所での質を上げていって、価値を見出していくハイブリッドなワークスタイルを成立させていくことが今後の方向ではないかと思っています。

文・鈴木涼太
写真・大井成義

東原 祥匡(ひがしはら よしまさ)日本航空株式会社
日本航空株式会社 人財戦略部厚生企画・労務グループ アシスタントマネジャー。2007年日本航空株式会社入社。2010年より客室乗務員の人事、採用、広報を担当し、2年間の出向を経て、2017年12月より現職に至る。日本航空株式会社は2014年に「従業員のワークスタイル変革」を掲げ、テレワークを含む働き方改革を実施。生産性の向上や時間外・休日労働時間の減少などさまざまな成果を残している。

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