株式会社Bulldozer代表取締役 尾和恵美加氏
多くの企業において、イノベーションの創出や新規事業開発が課題となっている中、注目を浴びるアートシンキング。それはビジネスの領域でも芸術家の製作プロセスや思考回路を応用可能なものとして、プロセスを体系立てたものだ。ここ数カ月、アートシンキングに関する多くのビジネス書も数多く出てきている。なぜ、いまアートシンキングが脚光を浴びているのか。はたしてアートシンキングの思考プロセスや方法論とは何なのか。ロジカルシンキングだけでは新しい発想は生まれないのか。デザインシンキングとアートシンキングは何が違うのか。
「基本的にはアートは0:1、デザインは1:10、ロジカルは10:100」
そう語るのは、さまざまな企業の新規事業開発や人材育成のコンサルティングを手掛ける尾和恵美加氏。
唯一無二のアウトプットを0から生み出すアーティストの思考回路、10から1に余計なものを削ぎ落としていくデザインシンキング、そして10から100へと拡張させていくロジカルシンキング。アートシンキングのプロセスを使った新規事業開発を推進する尾和氏にアートシンキングの世界について語ってもらった。
いま、アートシンキングが重視される理由
- ――アートシンキング、デザインシンキング、ロジカルシンキングは、必ずしも時系列的にプロセスを踏んでいくわけでないのですか。
- 基本的に時系列でやるのが美しいですが、そのプロジェクトがどのフェーズにいるかにもよります。時系列というよりも思考プロセスで、基本的にはアートは0:1、デザインは1:10、ロジカルは10:100と棲み分けるのが理解しやすいと思います。上流行程にいるならもちろんアートから始めたほうがいいです。でも、設計まで入っているのであれば、それはいかにユーザーに寄せていくかが大切になると思うので、よりデザインシンキング的な視点をもって進めていくのがいいかと思います。会社の哲学もシーズもリソースも内包させながら、オリジンから始めれば揺らがないし、より固有のバリューが出しやすく、他社と競合はしなくなるので強い消費にはなりますよね。
- ――Appleの創始者であるスティーブ・ジョブズはどうですか。「アートとテクノロジーを融合した」とよくいわれますが。
- 彼の思想からプロダクトの構想まではアートだと思います。西洋文化はキリスト教の文化の影響が強いので、自然をコントロールするとか、支配下に置くような思考回路が結構あると思っています。それは噴水とかを見るとわかりやすいのですが、水は普通は重力に従って上から下に落ちる。でも噴水は下から上に上がる。あれは権力の象徴みたいな感じで、自然をコントロールできることが結構重要な価値観だと認識しています。
- 一方で、ジョブズは東洋思想にも傾倒していましたが、東洋的な思想は結構いろいろなものの境界線が曖昧で、いろいろなものが共存しているような世界観だと思うんです。そういう中で違和感がないもの、直感的に使えるものにしたいという上流のコンセプトはアートだと思います。
- プロダクトに落としていくとき、無駄がなかったり直感的に触れたりと尖ってつくっているという意味では、デザイナー的思考だと思います。彼は多分、両方もっているんじゃないですか。でも、出てきたプロダクトで語られることが多いので、思想をわりと理解していると、確かに「最初のプロセスはアートだよね」ということはあるかと思いますが、デザインの側面で語られることのほうが多いのが個人的な印象です。
- ――ベストセラーになった山口周氏の『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』 に代表されるように、いまビジネスシーンでアートシンキング、リベラルアーツが重要視されているという話をよく聞きます。なぜいまアートシンキングが重視されるのですか。
- VUCA(不安定、不確実、複雑、曖昧)の時代だからだと思うんです。情報量が多くて、情報の流れも速くて、先行き不透明な時代という意味ですが、いままではデータを取ってきて、相対的に前年度、競合他社より、よい数字を上げることが大切だった。それが絶対的に揺るがない正義だったと思うのですが、経済が停滞していく中で必ずしも達成できる正解ではなくなった。新たな正解を自分の価値観で考えて判断してつくっていかなきゃいけない。でも長い間、資本主義の数値だけの評価でやってきているので、自分だけの答えの設定方法がわかる人が少ないんですよね。みんな迷っているんです。これは日本だけではなく、留学先のデンマークを中心としたヨーロッパの複数の国でも感じました。
- そういう中でアートは、自分の価値観で世界を眺めて、自分の価値観で理想の世界を描いて、そのギャップを定める。自分の価値観を起点にして自分なりのゴールを設定していく。こうした日々の営みを行なっているのが芸術家であり、ビジネスマンがその要素を身につける重要性が高まる中でアートの文脈が出てきているんじゃないかと思います。
- ――過去の例に従って「それ、前に何か成功事例あるの?」と二匹目のどじょうを狙う企業はいまだにすごく多いです。そういう企業には、どうやってアートシンキングを根づかせていけばいいですか。
- Society5.0*1文脈からのSTEAM教育*2の流れでもわかるように、たとえばそれを年配の決裁権がある人に勧めても、すごく時間かかることがあります。なので、私自身は時間がかかる会社には提案はしないですね。途中で止まってしまったら、それ以上は関わらないようにしています(笑)。
- ――そういう変化しない企業は淘汰されていけばいいと?
- はい。それも含めて会社の体質だと思います。ですが、日本にしかできない産業・仕事ってたくさんあるので、日本企業が生き残ってこれから世界に与えていくであろう影響は、外に出たことで可能性を感じるようになりました。ですので、より多くの企業のオリジンが最大化されるように、全力でサポートはしていきたいです。独自の地理的状況や宗教観、文化、歴史があって、現代の価値観がある。たとえば自動車のような緻密で製造ラインなんて、私が留学していたデンマークではきっとできない。
- 北欧のようなデザインが得意な国は、その場その場で柔軟に形にするスキルはあるんですけど、先を見通してゴールを見つけて、ブレイクダウンして正しく決められたことをやるのが苦手なんですよね。日本人はそれが得意ですし、人口もたくさんいるから大量生産の製造ラインも担保できた。より多くの日本企業がちゃんとファーストペンギン(群れの中でリスクを冒してでも最初に水に飛び込むこと)になって、イノベーションを起こして世の中にバリューを残していければいいなと思っています。
Society5.0*
政府が「目指すべき未来社会」として提唱する、IoTによりサイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を連携し、すべての物や情報、人を一つにつなぐとともに、AI等の活用により量と質の全体最適をはかる社会のこと。狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に対して、次世代社会を指す。
STEAM教育*
Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics等の各教科での学習を実社会での問題発見・解決にいかしていくための教科横断的な教育。これを推進するため、「総合的な学習の時間」や「総合的な探究の時間」、「理数探究」等における問題発見・解決的な学習活動の充実を図る。