コンフリクト(相反する意見)なくして議論は進まない【スマート会議術第110回】

コンフリクト(相反する意見)なくして議論は進まない【スマート会議術第110回】株式会社ピープルフォーカス・コンサルティング 松村卓朗氏(左)/ 田村洋一氏(右)

「ファシリテーションには天使と悪魔が必要」

そう語るのは、経営コンサルティング会社のピープルフォーカス・コンサルティング代表取締役の松村卓朗氏。

「“和を以て貴しとなす”というのは、反対意見があっても我慢して言わないってことではなく、それちゃんと場に出して、みんなの信頼や尊敬の下に議論することなんですよね」

同社で顧問を務める田村洋一氏は、“コンフリクト(相反する意見)”を好まないことを良しとする日本の価値観には誤解があると言う。 田村氏はディベート思考をビジネスにも採り入れた日本のディベーターの第一人者でもある。

「意見を言うと角が立つ」「上司に反論すると雰囲気が悪くなる」「そんなこと言ったら怒る」ーーそんなあきらめの言葉が次々と出てくる日本の企業文化にあって、会議で熱く議論することはとかく感情のしこりを残し、はばかられがちだ。

しかし、両氏は言う。「コンフリクト(相反する意見)なくして議論は進まない」と。

ディベートは自分の意思と関係なく、正反に分かれ論理的に議論をつめる手法だ。会議になぜディベート思考が必要なのか、ディベート思考によってどんな作用が働くのか。ファシリテーターとして、長年さまざまな企業の成長戦略に携わってきた両氏にその意図を語ってもらった。

目次

テーゼ(正)とアンチテーゼ(反)が建設的なぶつかり合いをすれば、ジンテーゼ(合)に至る。

――田村さんはファシリテーターでありながらディベートのエキスパートでもありますが、会議においてディベートのスキルはどのように役立つのですか。
田村:最初からみんなが同じ意見を言っていたら、ディベートは起こらないですよね。ディベートというのは、イエスという者に対して、ノーとかわからないというものがあって、初めて健全なコンフリクト(相反する意見)が生じます。そのコンフリクトを経由することによって、より正しいこと、より確からしいこと、よりコンセンサスに近づいていくものです。
ディベートはそもそもリベラルアーツの科目のひとつで、古代ギリシャのリベラルアーツには、具体的には文法学・修辞学・論理学の3科と算術・幾何(幾何学、図形の学問)・天文学・音楽の4科があって、リベラルアーツの根本にあったのが弁証法(論理学)です。
ディベートは日本ではもちろん、世界的でもきちんと行われていないことが多い。それでもイギリス、アメリカ、フランス、ドイツなどでは議論のカルチャーがあるので、それを補っているところはあります。しかし、日本の学校教育では国語でも社会でも数学でも弁証法(論理学)は教わっていない。たまたま学校の課外活動でディベートをやっていれば別ですが、基本的には学んでいないリベラルアーツの科目のひとつなんですよね。
――日本の“和を以て貴しとなす”というコンフリクトを起こさない文化を壊してでも、グローバル社会に対応していくためにコンフリクトを起こす文化を受け入れないと生き残れないですか。
田村:多分それは違うと思います。というのは、日本には昔から話し合い文化はあったんですよね。聖徳太子の頃から話し合って決めるっていうのはあった。合議するときには、言い方のスタイルとかトーンはともかく、反対意見も言うはずなんですよ。「それはどうかな?」って疑いを差し挟む。それを経て、有意義な話し合いになるはずなんですよね。
だから、いわゆる“和を以て貴しとなす”というのは、反対意見があっても我慢して言わないってことではなく、議題をちゃんと場に出して、みんなの信頼や尊敬の下に議論することなんですよね。
――文化としてコンフリクトがなかったわけではない?
田村:あります。歴史を読み解くと欧米流のディベートは日本にないっていわれますが、確かにそれはないです。ディベートの源流は古代ギリシャの伝統の中にある。でも日本では、江戸時代にも明治時代にも侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしています。だから、“和を以て尊しとする”というのは、観念化して間違った意味合いで解釈されてしまっています。
――コンフリクトを避けるという意味とは違うのですね。
田村:波風を立てないという意味では、それは欧米でも同じです。表現のスタイルが違うだけで、たとえば欧米の大きな会社の役員会議では、一見、侃々諤々の議論をしているようだけど、誰にも恥をかかせないようにしようとみんな気を遣っています。
忖度というのはいかにも日本的な感じがしますが、実はドイツでもフランスでもアメリカでも忖度はあります。だから、いかに本音をぶつけて「それは違うと思う」ってことを言い合える信頼関係や組織風土をつくっていくかっていうことですね。
――日本の会議では「あいつが言った。誰々が反論した」と感情論に陥りがちです。そういう意味で、ディベートはいったん立場を決めたら個人的に反対だろうが賛成だろうが、論理的に議論するわけですよね。そういうカルチャーが会議やコミュニケーションの場でうまく浸透していくといいと思うのですが、決して無理ではないですか。
田村:そうですね。いきなりカルチャーを変えるとか、カルチャーをつくり出すっていうよりも、習慣を変えるということだと思います。人格と考えを切り離すという習慣に切り替える。ただ、何十年もやってきた習慣を一晩でいきなり変えることはできない。習慣を変えるためには、まず考え方を変える。変えるというよりも、「何のためにこれをやっているんだっけ?」いう問いを立てるという根本に戻る。
そうすると反対意見が出る。たとえば、私が「Aさん、それは違う」と言ったら、別にAさんの人格を攻撃しているのではなく、その意見なり考えなりに対する別の意見をぶつけている。そうやってテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)が建設的なぶつかり合いをすれば、ジンテーゼ(合)に至る。イエスというものがあって、ノーというものがあって、最初のイエスとも最初のノーとも違う何かに進化していく。これがディベートなんですよね。

第三者の意思決定を助けるのがディベート

――ディベートというとアメリカの大統領選の公開ディベートがよく知られますが、あれはいかに相手を論破するかという戦いにも見えます。
田村:アメリカの大統領選の公開ディベートは選挙活動の一環ですよね。確かにディベートというと、戦うイメージがあります。相手を言い負かすとか、論破するとか、黙らせるとか、ぎゃふんと言わせるとか、敵を向いているイメージがありますけど、実はアカデミック(教育)ディベートでやってるのは、誰かと議論しながら第三者に考えをきちんと伝えて同意してもらうことなんです。
イエスというポジションがあって、ノーというポジションがあって、実際どうなのかっていうのをとことん議論する。そうすることによって、本当のこと、みんながいいと思えること、それは確かだと思えることに近づくっていう方法なんですよね。
単なるスピーチやレクチャーやプレゼンテーションではなく、ディベートを通して、第三者にこっちに来てもらう。第三者の意思決定を助けるのがディベートなんですね。それはファシリテーションと同じなんです。
肯定する人、否定する人以外に、ジャッジする人というのがいて、これがスポーツのレフェリーなんかとは違う。スポーツの試合のレフェリーだったらルールが破られてないか、ルールが正しく順守されているかを判定するわけですけど、ディベートのジャッジはもう少し大きい役割があって、最終的にひとつのトピックについて、イエスと言うかノーと言うかということを、決めなきゃいけないです。
――大統領選もディベートを通して選挙民にジャッジをさせているわけですね。
田村:そうです。ただ、実際には非常にえげつないですが…。印象操作をして、ネガティブキャンペーンを張りながら口汚く論敵をののしるようなことしている(笑)。そういう悪い例を見せられていますが、あれがディベートの典型ではないっていうことですよね。
松村:あと、ファシリテーションへの応用という話で言うと、天使と悪魔になってもらうというのをよくやります。たとえば、なかなか意見が出てこないようなときとか、上司の発言に対して「何か意見あるか?」と聞かれても、なかなか出ないときですね。
天使になって素晴らしいところだけを言う。今度は悪魔になって悪いことだけを言う。人格と切り離して批判して引き出すというようなことをやったり、あるいは上司に対してなかなか言いにくかったりしたとき、いったんポストイットとかに書いてもらう。物理的に切り離してポストイットで意見を並べてみると、この意見に対してだったら、いろいろとチャレンジはできるっていうのがありますので、そこはファシリテーターの仕事として重視しています。
――いつも発言しない人でも、ポストイットを使うと人が変わったようにいろいろ書く人がいますね。
松村:公平になりますからね。上だろうが下だろうがスペースは同じで、わけのわからないことを言う人も、そのスペースに書かなきゃいけないとなると多分整理して書くし、ファシリテーションもしやすくなる。
――天使と悪魔になるっていうとき、往々にして、天使の人はずっと天使で、悪魔の人はずっと悪魔みたいになることはありませんか。
松村:ディベートのように時間を区切って役割を決めるんです。「いまから全員が天使となって、天使の視点でこれにコメントしてみよう」「はい、次の5分間は悪魔となって、このうちの部の方針に対して、あえて悪魔となって批判してみよう」という時間にします。
――そうすると変な感情のしこりは生まれないですね。
田村:そう。だから全員が人格と意見を切り離すことができていれば、ゲームの形式を借りなくても、自由闊達に議論できるわけです。切り離すための手段としてポストイットを使うこともあるし、天使と悪魔を使うこともあります。
切り離したときは、その時間帯だけはその形式を明確に守ることが大事です。そうすると緊張構造が生じて、「このために、これをやっているんだ」と完全に人格を切り離すことができる。ゲームが終わったときに、「あれは天使が言っていたことで、自分が言っていたことじゃない」という客観性を作り出したり、生み出したりすることができますから。
天使と悪魔もそうなんですけど、悪魔の代弁人っていう形式を使うこともあります。たとえば、Aさんが企画案を出したとします。Aさんは自分の企画に対して、いろいろ疑問や反対意見があったら言ってほしいと思って、「みんな言って」と言う。でも、みんな遠慮して言わないとか、下手な言い方をして誤解されても嫌だしと、言わないとします。
プレゼンテーションをしたら、「悪魔の代弁人をやりましょう」とみんなで悪魔の代弁人になって、悪いことしか言わない。「これはいいとは思うんだけど」みたいな前置きもない。「これはうまくいかない」「これはわからない」「これをやったら、こういう悪いことが起こるかもしれない」。悪いことだけを徹底して言う。その時間帯が終わったら、そこで出てきたものを検証するんです。
悪魔の代弁人って西洋の伝統で、たとえば23年前にノーベル平和賞をもらったマザー・テレサが亡くなったとき、彼女を聖人の列に加えるべきかという議論がありました。マザー・テレサはカトリック教会の修道女ですが、教会の伝統で悪魔の代弁人役は、「いや、この人はこういうところが足りない。こういうところが悪い。だから加えるべきじゃない」っていう、悪魔を代弁する意見を出すんですよね。
それに対して、「いやいや、そんなことはない」と受ける人がいて、そこでディベートが行われた結果として、イエスかノーかの答えを出すんです。重要な決定をするときに、「みんながいいって言ったらいいじゃないか」ではなくて、必ず反対意見を出させるための仕組みなんですよね。
これはビジネスでも簡単に導入できて、「いまからこれをやりますから」と言って、みんな悪魔の代弁をやる。これは普通にやっていても言いにくいので、結構ファシリテーターの力が必要なときもあります。
「これは建設的な目的をもったゲームです。これはお芝居だと思っていいですから、揚げ足取りでも重箱の隅でもいいですから、必ず言ってください。はい、スタート」って言うと、結構盛り上がることが多いですよね。みんな頭の片隅で思っていても、それを口にするのははばかられるっていうことが、たくさんあったりするので(笑)。

文・鈴木涼太

松村 卓朗(まつむら たくお)株式会社ピープルフォーカス・コンサルティング
株式会社ピープルフォーカス・コンサルティング代表取締役。横浜国立大学経済学部卒業。2003年、ピープルフォーカス・コンサルティング(PFC)に入社。経営幹部のリーダーシップ開発を伴う組織開発や、理念浸透を軸とした組織変革支援等のプロジェクトなど、その設計から運営支援まで、数多くの案件を手がけてきた。また、若手から経営陣までの幅広い層を対象に、リーダーシップやファシリテーションなどをテーマとした研修を提供している。2012年、代表取締役に就任。 PFC入社前は、ブーズ・アレン・ハミルトン社およびジェミニ・コンサルティング社の東京事務所でシニア・コンサルタントを歴任。化学・電機・製薬・建設・電力・食品・通信・コンピューター・アパレルにまで多岐にわたる分野での変革支援実績をもつ。主な著書に『勝利のチームマネジメント サッカー日本代表監督から学ぶ組織開発・人材開発』(竹書房)『組織開発ハンドブック』(共著/東洋経済新報社)『グローバル組織開発ハンドブック』(共著/東洋経済新報社)ほか。
田村 洋一(たむら よういち)株式会社ピープルフォーカス・コンサルティング
メタノイア・リミテッド代表。上智大学外国語学部卒業。バージニア大学ビジネススクール経営学修士(MBA)。野村総合研究所、シティバンク等でプロジェクトマネジメントを担当、外資系経営戦略コンサルティング会社で、企業、政府機関のプロジェクト組織運営に携わる。新規事業立ち上げ、戦略的人材育成・スキル開発に造詣が深い。現在はエグゼクティブコーチングやマネジメント・トレーニングを通じてリーダーシップ開発、人材育成、組織開発、企業人育成に携わる一方、システム思考やディベート教育などの研究活動にも力を入れている。著書に『プロファシリテーターのどんな話もまとまる技術』(インプレス)『組織の「当たり前」を変える』(ファーストプレス)『人生をマスターする方法』(ライブリー・パブリッシング)『ディベート道場――思考と対話の稽古』(Evolving)、翻訳書に『偉大な組織の最小抵抗経路 リーダーのための組織デザイン法則』(Evolving)ほか。

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