会議の迷走につながる「5つの落とし穴」とは【スマート会議術第108回】

会議の迷走につながる「5つの落とし穴」とは【スマート会議術第108回】HR Design Lab. 代表/博報堂コンサルティング 執行役員 楠本和矢氏
(https://hrdlab.jp/)

昨年4月、中小企業にも適用された「働き方改革関連法案」。まもなく1年が経とうとしているが、その取り組みは本当に「生産性向上」につながっているのだろうか。

単に時短ばかりに囚われて、むしろ生産性を下げていたりはしないだろうか。単に会議の時間と回数が減っただけで、肝心のコミュニケーションが損なわれて、社員のモチベーション低下を招いていたりはしないだろうか。

楠本和矢氏は、博報堂コンサルティングのトップコンサルタントとして第一線で活躍し、数々のプロジェクトを成功に導く。多くの企業への企業内研修の継続的な実施と、これから特に必要となる育成テーマに特化した、実践知に基づくプログラム開発に注力。ここ数年で、300回以上の企業内研修/セミナーを実施してきた。

日本トップクラスのファシリテーターである楠本氏に、生産性の低い会議、つまり「迷走した会議」を生み出してしまう、ファシリテーションの「5つの落とし穴」について語ってもらった。

目次

「ズレた意見」を、そのままにして進めてしまうこと

――会議の迷走につながってしまう、よくあるファシリテーションの失敗について教えてください。
ひとつ目は、「ズレた意見」をそのままにして進めてしまうことです。数多のファシリテーションを見て参りましたが、これが議論が混迷化する最大の要因だと思います。
ファシリテーターが何らかの「問い」を立てたときに、それに関係ない発言が出ることはよくありますよね。
たとえば、商品のあり方について話そうとしているにもかかわらず、「広告宣伝はこうあるべきだ」みたいなことを言い出す人がいたら、それが「ズレている」という状況。ほかには、まずはその問題の原因解明を行ってから、それの対策アイデアを出そうと段取りしているにもかかわらず、いきなりアイデアを出す人がいたり…これも、順番が「ズレている」。当たり前のように思えるかもしれませんが、迷走を防ぐために最も重要なことは、そんな「ズレ」を、きちんと正すということです。
文面で書くとすぐに気づけそうですが、会議の中に入ると、意外にこのような「問いからズレた発言」を、そのまま受け取ってしまいがちです。もし、ファシリテーターがそのズレに気づかなければ、その瞬間から議論は迷走し始めます。
なぜこんなことが起こるのでしょうか。それには大きく2つの理由があります。ひとつは、ファシリテーター自身が何を議論したいのか、何について意見やアイデアを出してもらいたいか、きちんと認識できていないまま「問い」を立ててしまっているということです。目的もなく、とりあえず質問しているという状況です。そうなると当然、その発言がズレているかなどわからなくなりますよね。
ファシリテーターは、まず問いを立てる前に何の議論をしたいか、何について意見がほしいのかについて、自分自身で明確にすることです。それが明確になっていれば、「いまの発言は問いに答えていないな」とか「論点からズレているな」とか、普通に気づくことができるはずです。
2つ目は、ズレたとわかっても、相手に気を遣って正せないということです。私は「それでもいいから相手が誰であろうが、ズレたら正すべき」というような原理主義者ではありません(笑) 。ビジネスは感情が伴う人間関係で成り立っています。相手が自社の社長だとして、延々と論点からズレた話を展開し始めたとしましょう。そんな場合に、途中で話を遮って、「それ、論点からズレていますよ、社長」なんてことを言えるわけありませんよね。そんなことをしたら干されちゃいます。
ズレを指摘しにくい相手の場合における対処法はいくつかあり、私の研修でお伝えしていますが、基本はズレを正す「タイミング」と「表現」に気をつけるということです。この場合なら、社長が気持ちよく話をされているとして、話が一段落するまで我慢して聞いて、どこかキリのいいタイミングで元々聞きたかった「問い」に戻る、という方法しかありません。
ファシリテーターとして何を聞きたいのか、ということが明確になっていれば、たとえそんなズレが生じても必ずどこかで戻すことはできるはずです。ウェットな方法に見えるかもしれませんが、リアルなファシリテーションとはこういう術を繰り出すことなのです。

「意味不明な発言」を、素直に受け止めてしまうこと

――「ズレ」を正すということは、確かに重要な役割だと感じます。その他、会議の迷走につながる要因はありますか
非常にシンプルですが、「この発言、意味不明だな」と思っても、何となくわかった気になったり、勝手に解釈したりしてしまい、その場で確認しないということです。意味不明な発言をそのまま是として受け入れてしまったり、ホワイトボードに記入したりしてしまうと、議論がそれに影響を受け、混乱を招いてしまう恐れがあります。これも、説明すると簡単に聞こえるのですが、議論の中でやろうとすると意外に難しかったりします。
皆さん、真面目で優しいので、意味不明な発言が出てきたとしてもファシリテーターは何とか自分の中で「解釈してあげよう」としますが、これは不必要です。意味不明な発言に対して、そこまで一人で受け止めすぎることはありません。
実際の議論では、もう本当にそんな発言だらけです。そう思いませんか?普通は皆、頭の中でまとまっていない状態で発言し始めるから、意味不明なものだらけになるのは当然です。
ですので、意味がわからないのは相手の責任だと割り切って下さい。少しでもわからなかったら、即座に「それってどういうこと?」とか「具体的にいうと?」とか「ひと言でまとめると?」などと質問を繰り出し、もう一度相手にまとめ直させるという方法が良いでしょう。発言を一方的に受け止めるだけではなく、相手にスパッと質問で返すというやり取りができるかどうか。ファシリテーターの重要な姿勢です。

アイデアがひとつ出ただけで満足してしまうこと

――非常に興味深いですね。確かに、何となくわかった気になって流してしまうことは多いかもしれません。それらをそのままにしても、結局後で困ることになりますよね。では、会議の迷走につながる落とし穴を、続けて教えて下さい
3つめの落とし穴は、ひとつアイデアが出て盛り上がったらそれで満足し、終了してしまうということです。たとえば、ある商品を売るための施策を考える議論があったとします。最初の切り口は「広告のあり方」だとします。誰かが、「あのタレントを使ったらいいんじゃないの?」と発言しました。皆がそれに乗っかり、「おお、いいね。僕もそのタレントがいいよ」「彼女は好感度も高いしね、ウチの商品にぴったりだ」などと盛り上がりました。メンバー全員それに納得している様子です。ファシリテーターも、議論が盛り上がったことに一安心し、「ありがとうございます。皆さんその意見で納得ですよね。じゃあ次は『商品のあり方』について考えてみましょう」…と次の切り口にいってしまいました。
これは本当によくある失敗です。ある切り口に基づいた議論でひとつのアイデアで盛り上がったから、それで満足しOKとしてしまう…。これでは、切り口を出した意味がまったくない。どれだけあるアイデアに納得感があったとしても、「そのアイデアはわかったので、ほかのアイデアはない?」と、しつこく聞いて、その切り口にぶら下がる「ほかのアイデア」を頑張って出そうとしないと、結局、議論が不十分であることに後で気づき、再度議論をしなければいけなくなります。

要素の「レベル感」を揃えず進めてしまうこと

――そういう場面、思い当たることも多いです。どうしても雰囲気に流されてしまうというか…・気をつけるべきでしょうね。次にご紹介いただく「落とし穴」は何でしょうか?
これは、非常に重要なポイントである一方、気づかれることが少ない、まさにファシリテーションの盲点ともいえるものです。それは、議論の中で出てきた各要素の「レベル感」を揃えず、次の議論に進んでしまうということです。これは本当にありがちな失敗です。これが出来できていないと、意志決定がスムーズにできません。
たとえば、「若手のモチベーションを高めるための施策アイデアを出す」という議題があったとします。そこで以下3つの発言が出たとしましょう。
「全社員を巻き込んだ運動会をやろう」 「うーん…『夢』、かな」「まあ、モチベーションを高めるための教育なんかも必要かな?」…これ3つのアイデア、レベル感は揃っていると思いますか? お気づきの通り、もう全然バラバラですよね。これらを並列に位置づけて、「この中からどれを採用しようか?」なんてことになっても、まともに議論できるわけはなく、迷走が始まります。
この例は、決して極端に言っているわけではありません。リアルな会議とはこんなものです。バラバラのレベル感の意見やアイデアを発言してくるのがリアリティです。
ですので、ファシリテーターは、意見やアイデアの粒度、つまり抽象・具体のレベル感がきちんと揃っているのかどうかということに、アンテナを立てていなければいけない。この意見は抽象的だなと感じたら、「もうちょっと具体的に」と、問いを立てる。議論の中でも、意見やアイデアが出揃った後でもいいので、レベル感が揃っていないものを「整える」作業をやらなければいけません。いろいろなファシリテーションを見てきましたが、これはほとんどのケースでできていません。まさにファシリテーションの盲点です。

「基準」を示さず選ぼうとすること

――非常に実践的ですね。まさに現場でのご経験から得られた気づきそのものです。では、最後のひとつを教えてください。
はい。これは前回の対談でも触れた内容です。複数の選択肢の中から、どれかを選ぶ、いくつかに絞るという場面は、議論の途中や、最後の意志決定時など、頻繁に出てきますよね。その際によくある失敗とは、案ありきで選ぼうとしてしまうことです。「A案は、コストパフォーマンスがいいから、採用すべきだ」「いやいや、B案は使いやすさでは群を抜いている」「コスパのいいA案でしょ」「いやいや使い勝手のいいB案で決まりだ」…こんな議論を続けていて、意志決定に至るイメージを持てますか?
この議論の問題点とは、それぞれの案がどうこう、という前に、「何を基準として選択するのか」ということが顕在化されていない、ということです。別の見方をすると、それぞれの主張に有利となるような基準を各々が恣意的に持ち出している状況とも言えます。
それぞれが推奨する案を主張し合い、堂々巡りとなって決まらないというシーンはよく見かけますが、大概がこの「基準が明確になっていない」ということが原因です。何でもって選択するべきなのか。ファシリテーターとしては、もし基準があるならばそれを示すか、あるいは案の是非を議論する前に、基準を決める議論を行うべきでしょう、

社員一人ひとりに眠っている、知識やスキルを「引き出す」スキルを

――5つの落とし穴、大変わかりやすい内容でした。読者の方にもきっと現場で参考になる内容だと思います。それでは締めくくりとして、これから企業が生き残っていくためには、何を一番意識して変えていくべきだと考えますか。
僕がそんな偉そうなことをいうつもりはありませんが、コンサルティングや人材育成のお仕事を通じて感じている、ある問題意識を申し上げることはできます。
――それはどのような問題意識でしょうか?
業務を通じ、大手企業からベンチャー企業も含めて、多くの企業様とお仕事をご一緒して参りましたが、総じて感じることとしては、社員の中に眠っている知識、情報、経験ーーこれを意識して「引き出す」ための機会や仕組みが欠けていることが大変多いということです。一人ひとりの持っているものが十分に引き出されている現場って、ほとんどないような気がします。みんなくすぶっている。言いたいことも言えない。アイデアはあるけれども、端っこに寄せられてしまっている。
じゃあ、その人たちに意見やアイデアがないかというと、そんなことはない。たとえば、ワークショップを開催し、いろいろな検討フレームやツールなどを使ったり、それこそ、本対談のテーマでもある、発想を促すための「問い」を立てたりすると、すごくいい意見やアイデアが出てきます。それはベテランも新人も関係ありません。
もしそういうことが不十分だとするならば、企業にとっては大変な「機会損失」だと思うのです。「働き方改革」「生産性の向上」などのテーマを背景に、企業としてはいろいろなシステムを導入したり、働き方のルールを定めたりするわけですが、もっと社員一人ひとりが有する力を引き出すためのスキルや仕組みを持つことを、なぜ最初にやらないのか疑問に思うこともあります。
会社の原動力とは、人と人に備わる知識やスキル。人を従わせるルールやシステムも重要ですが、そのような視点が欠落し、人がついてこず、結局付け焼き刃になってしまわないように気をつけなければいけませんよね。
――確かに、その通りかと思います。最後、読者にひとことメッセージをお願いします。
皆さんが現場を預かるリーダーのお立場とするならば、会議や打合せを含めた日々のコミュニケーションにおいて、とにかく相手から意見やアイデアを引き出そう、という意識をもって、考えさせるさまざまな「問い」を立ててほしいということ。
いまや、扱える情報の量は膨大であり、また市場の動きも速い。ですので、リーダーが知っている範囲内で何かアウトプットしようとしても限界があります。いまを生きるリーダーに、「人に聞くなんて恥。リーダーである自分が一番詳しくないといけない」というプライドは一切不要です。人から引き出さないとやっていけないという意識を、まずリーダー自身が持つ必要があります。新入社員だろうが契約社員だろうが関係なく、「問い」によって、その人の中に眠っているアイデアはきっと引き出せる。
ファシリテーションとは、そのためにあるんじゃないかなと思っています。きっと。

文・田島慶太

楠本 和矢(くすもと かずや)HR Design Lab. /博報堂コンサルティング
HR Design Lab.代表 兼 株式会社博報堂コンサルティング執行役員。プロフェッショナルファシリテーター、ファシリテーター内製化コンサルタント、作家。神戸大学経営学部卒。ファシリテーションを中心とした数多くの企業内研修や、クライアント企業内プロジェクトのファシリテーション業務も数多く担当するなど、名実ともに、日本トップクラスのファシリテーターという評価を得ている。現在は、生産性向上、ファシリテーションをテーマとした各種講演や、多くのクライアント企業における人材育成のサポートと、実践知に基づく人材育成プログラム開発に注力。主な著書に『会議の生産性を高める 実践パワーファシリテーション』『人と組織を効果的に動かすKPIマネジメント』『龍馬プロジェクト―日本を元気にする18人の志士たち』『サービス・ブランディング』など。

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