プレゼンは人をハッピーにするためにある【スマート会議術第89回】

プレゼンは人をハッピーにするためにある【スマート会議術第89回】圓窓代表 澤 円 氏

グローバル社会において、いまや経済成長率で先進国や新興のアジア諸国の後塵を拝する日本。なぜ、日本経済は停滞し続けているのか。

「その原因はプレゼン能力にある」と澤円氏は言う。

グローバル化が進む現代において、ますます求められるプレゼンテーション能力。グローバルに活躍できる人は、どのようにしてプレゼン能力を磨いているのか。

「プレゼンは聞き手をハッピーにすること」ーーそれが澤氏の信条だ。マイクロソフト社で卓越した業績を上げた社員に授与するChairman’s Awardを受賞し、“プレゼンの神”として称えられる澤氏に、聞き手をハッピーにするための極意について話を伺った。

目次

良いものをつくるだけでは生き残れない時代

――プレゼン能力が、なぜいま重要視されているのですか。
まず日本の経済がここまで停滞したのは、プレゼン能力の欠如というのが一番大きいと思っています。たとえば、製品企画力とか、ビジネスの決定スピードとかいろいろ要素はありますが、特に致命的なのはプレゼン能力だと思っています。
たとえば、スティーブ・ジョブズはプレゼンが抜群に上手ですよね。でも、「ソニーがデザインするとしたら、どういうものをつくるかを考えろ」というのが初期のジョブズの指示だったんです。「ソニーはイケてるから、うちらは真似するんだ」と言っていた時代があるんです。
その頃(70~80年代)は、良い製品をつくれば売れて、マーケットを取れるという時代がありました。なぜなら、プレゼンをする機会も、それが拡散するプラットフォームもなかったからです。製品発表会をやっても、見せるのは静的なコンテンツです。新聞や雑誌の記事なので、動的なコンテンツはなかった。
だけど、インターネットやSNSが出てきて、拡散力がものすごく強くなってきた。そうすると、その拡散力に乗って活用できる企業が強くなるという図式ができてきたわけです。
そういった意味で、アップルは良いアイデアと良いデザインがある上で、ジョブズがものすごくプレゼン能力に長けていて勝者になった。
最初のうちは、良いものをつくれば売れると思っていたのが、だんだんそうじゃないぞ、となってきた。そのときに日本の企業はリズムが合わなくなってきた。ものをつくるまでの会議がすごく長く、世に出るまでに時間がかかりすぎる。「できるかどうかわからないけど、とりあえずやっちゃえ」というカルチャーがアメリカから出てきて、彼らが勝者になっていった。中国もそういう傾向があります。
製品力も強いけど、それ以上にアピール力もすごく強い。わかりやすく世の中に伝えられて、かつチャネルを上手く使って拡散していくことができるとマーケットが取れる。マクロで見るとそういうことがすでに起きているわけです。そういう企業が世界を席巻しているという状態になっている。
商品をプロモーションしていく手段のひとつとして、プレゼンがすごく大きいというのは間違いないです。日本の企業は全然通用しなくなっちゃうぐらいにプレゼン力で負けていった。製品力とかデザイン力とかいろいろな要素があるにしても、やはりプレゼン力というのはすごく重要なんです。
――とはいえ、学校でも会社でも体系的に教えられることはないですよね。
確かに教えられていないという問題があるし、機会がない。あと、「秘すれば花」「背中を黙って見てついてこい」といった慣習がいまだに残っている。昭和のノスタルジーがまだちやほやされる傾向があるんです。
そういった形でリズムがどんどん遅くなっていく。でも本当にやらなければいけないのは、短時間で効果的に多くの人たちに伝えるということ。日本のビジネスを元気にするために必要不可欠なことです。
会議や根回しにやたら時間をかけるのではなく、経営者や組織をリードしている人たちであれば、30分なり1時間なりで向こう1年、2年、10年続くようなインパクトを与えるほうが効率が良いし、結果的に気持ちよく働けると思います。
――いま決定権を握る世代は、バブル時代の成功体験に引きずられている気がします。
昔の成功体験を踏まえていれば上手くいっていた時代があったんです。だけど、いまはものすごくスピードが上がってきているのと、過去の成功体験が逆に邪魔になることはあってもプラスになることはほとんどない。あまりにもいろいろなプラットフォームがあり、価値観も速く変わりすぎているので。
そう考えると、やはりどんどんアピールしていくとか、言葉にして表現していくことがすごく重要になってくる。「いまは違うんだ、変わっているんだ、次のステップに行かなきゃいけないんだ」と。さらに、「こうやってやっていこう。こういうふうにやって前に進んでいこう」と後押しするようなことは、プレゼンで実現できる。僕はそう信じています。

プレゼンは人の時間を奪うもの

――企業の発表会などに参加すると、いまだに自社のサービスをひたすら宣伝したり、逆に座ってボソボソと眠くなるようなプレゼンをする人を見かけます。
まずそういう人に、プレゼンができないということを指摘する人がいない。それが問題だと指摘すると嫌な気分にさせるかもしれない。そのリスクを取ってまで変えようというモチベーションもないことが問題だと思います。
僕は講習で「プレゼンテーションは最も高価なもの」と、いつも言っています。集まってもらうということは、移動時間も含めてその人の時間を奪っているんです。人の人生の時間の一部をごっそり奪い取っているんです。終わったあとに、「うわー、良い話を聞いた、よし頑張ろう」という気になっていないとしたら、時間泥棒です。
社内の会議でも同じです。それに問題意識を持たない経営者は、本当に経営しちゃいけないと思います。ましてや人前でしゃべっちゃいけない。人を集めずに別の方法でやるべきです。オウンドメディアで動画を流すとか音声で配信するなど、どこでも聞けるようにすればいいんです。そうすれば、いかに聞いてもらえていないか残酷なまでに数字で出すことができます。プレゼンは、人に時間と空間の共有を強要するわけだから、命がけでやりなさいということです。

人は幸せになるために生まれてきた

――澤さんは「来る人たちに幸せを」といつもおっしゃっています。そこにはどんな意味が込められているのですか。
よく「人は何のために生まれてきたと思いますか?」と、なぞかけみたいに言っているんです。なぜだと思いますか? 動物は何のために生まれていると思いますか? 動物が生まれて、生き延びようとする理由は何ですか?
――子孫を残すため?
そうです。それ以外にないです。目的は種の保存です。人間はどうですか? 種の保存だけですか? そんなことないですよね。では何ですか? それは、幸せになるためです。それ以上でもそれ以下でもない。「幸せになるために生まれてきた」と言わないと、つじつまが合わないんです。
生まれてきた理由が種の保存だけだとしたら、子どもがいない僕なんて生きている価値がないということになる。でも、人はそれもひとつの生き方として認知されていますよね。生涯独身であってもいいし、もちろん子どもがたくさんいてもいい。それは選択でしかない。
いまは“幸せ”を選ぶことができる世の中です。もちろん、そうじゃない国や地域があることも念頭に置いての話ですが。少なくとも幸せになるためにはどうすればいいのか? と考えるのが人間です。そう考えると、すべての行動は“幸せ”に通じていかなければいけないということです。
誰かをハッピーにする。顧客もそうだし、マーケットもそうだし、もちろん社員もそうだし、社員の家族もそうです。全員がハッピーになるような状態をつくるにはどうしたらいいかが、すべてのビジネスのデザインになってくるということです。
辛くて苦しい人生を歩むために何かをする人はいない。結果的に、そうなっている人がいたとしても、そこから脱却したいわけじゃないですか。ハッピーになりたい。だから、ハッピーになる方向に行くのが人間としての営みというのが、僕の考え方です。
――“幸せ”を与えることがプレゼンの根本的な存在意義なんですね。
そうです。プレゼンというのは、人が集まってきて、人の話を聞かなきゃいけない。そこでハッピーになるような要素を渡せないとハッピーにならずに帰すわけだから、時間分だけ相手を損させているんです。不幸にしているんです。これは非常に罪深いです。結果的に失敗することはあってもいいけど、「相手をハッピーにする」という気概を持たないといけないです。

プレゼンのカギを握る「ビジョン」と「核」

――「相手をハッピーにする」プレゼンをするためには、何がカギを握るのでしょうか。
「ビジョン」と「核」の2つがあります。「ビジョン」というのは、「自分を正しく導いてくれる北極星」という言い方をしています。何をもってどのようにハッピーと定義するのかを、自分が理解できるようにする道標(北極星)が「ビジョン」です。誰をどのようにハッピーにするのかというのが、自分が理解して言葉にする。
そうすると、プレゼンの中にそれを盛り込むことができるんです。「私は、あなたたちをこのようなカタチでハッピーにするためにやるんです」という表現ができる。それが「ビジョン」という僕の考え方です。
「ビジョン」さえ決まってしまえば、表現はいろいろあるけどハッピーのカタチは変わらないです。「ビジョン」がそもそもない状態だと、何を言っているかわからなくなるんです。
これは方向を定める道標なので、ゴールとは違います。北極星があるから船はいろいろなところに行けた。海を渡ることができた。北極星は動かないことがわかったので、目印にすればどこかに行けるとわかったんです。それがないと、船は一生懸命漕ぐことが目的になってしまって、どこにも着かないということになるんです。まずは、北極星があって、自分がどこに向かっているかをいつでもわかる状態にしておくことはすごく大事です。
「ビジョン」は自分が理解していればいい。でも、今度はプレゼンをするときに、言葉に落として相手に知ってもらわないといけない。それが「核」になります。
磨いて磨いて最終的に持って帰ってもらえるサイズになっている言葉のことを僕は「核」と呼んでいます。プレゼンで30分とか1時間とか話をしても、全部を覚えて帰るのは不可能です。「いい話を聞いたなあ」と思ったら、持ち帰って他の人にも伝えられる状態にする。シンプルな言葉にして、具体的に誰がどういうふうにハッピーになるかがわかるようなストーリーに固めて渡してあげる。それが「核」です。
伝わらないプレゼンは、間違ったことを言っているから問題というわけではないんです。正しい情報であっても良いプレゼンになるとは限らない。正しい情報を伝えようとしすぎると、プレゼンはつまらなくなるんです。
僕はよく「使用説明書の朗読」にたとえるのですが、電化製品を買っても使用説明書を隅から隅まで読みませんよね。読み上げてもらっても楽しくないですよね。でも、あれは正しい情報の塊です。全部正しいです。電化製品を使うなら、使い方を知ることは重要です。だけど楽しくない。「ハッピーか?」と問われれば、ハッピーじゃない。
プレゼンは正しい情報を伝えることよりも、ハッピーになる情報を伝えるほうが重要です。「間違ったことを言ってもいい」と言っているのではなくて、正しい情報を伝えようと突き詰めすぎると、実は全然プラスに働かないことを認識しないといけないという意味です。

文・鈴木涼太
写真・佐坂和也

澤 円(さわ まどか)圓窓
立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、外資系大手IT企業に転職。 ITコンサルタントやプリセールスエンジニアとしてキャリアを積んだのち、2006年にマネジメントに職掌転換。幅広いテクノロジー領域の啓蒙活動を行うのと並行して、サイバー犯罪対応チームの日本サテライト責任者を兼任。現在は、数多くのスタートアップの顧問やアドバイザを兼任し、グローバル人材育成に注力している。著書に『あたりまえを疑え』『マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1プレゼン術』『外資系エリートのシンプルな伝え方』がある。 琉球大学客員教授。
Twitter:@madoka510

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