会議に感情を残すために生まれたエモグラフィ【スマート会議術第82回】

会議に感情を残すために生まれたエモグラフィ【スマート会議術第82回】富士通デザイン株式会社 グラフィックカタリスト タムラカイ氏

タムラカイ氏は富士通という大企業に勤めながら、「ラクガキコーチ」として個人的に会議や社員研修のワークショップを開催するなど、二足のわらじで活動してきた。

そして、その活動が社内外で話題になると、2017年に富士通グループの社員を中心に、「グラフィックカタリスト・ビオトープ」を結成。

タムラカイ氏は、グラフィックカタリストとして、企業の研修や重要な会議の場でサービスの提供を始める。また、感情表現記法の「エモグラフィ®️」「オトグラフィカード」などオリジナルのメソッドやツールも開発。いまやNHKやユニリーバなど大手企業のシンポジウムなど、「世界の創造性のレベルを上げる」をミッションに活動の幅を広げている。

なぜいま、企業はグラフィックカタリストに注目するのか。会議で絵を使うことは働き方にどんな影響を与えるのか。絵を描くことで見えてくる会議の本質・あり方とは何か、タムラカイ氏にお話を伺った。

目次

どんな議事録でも、全員に同じ思いが伝えられればいい

――ラクガキを使ったグラフィックレコーディングが、会議の議事録と最も違う点は何ですか。
「議事録」という言葉で皆さんが思い浮かべるのは、議事録係がいて、パソコンでタイプをしてテキストの情報を残していくことだと思うんです。まずひとつは、その議事録を読んでいるかという問題があります。こう言うとみんな苦笑するのですが、ほとんど読み返すことはないんですよね。
「グラフィック」の「グラフ」は、元々はギリシャ語で「書く」という意味なんです。書いて記録する。文字だけでなく絵もそう。いま皆さんが議事録でやられているのはタイピングレコーディングというだけのことです。
グラフィックレコーディングで絵を描いて残している理由のひとつは、文字を読んでそのイメージを想起させたい、そのときの感情を表現したいというのがあります。
僕らはデータを見るためにグラフを使っていますが、それもデータを絵にして視覚的にわかるようにしている。たとえば、「りんご」という単語を「りんご」というひらがなで書くのか、りんごの絵を描くのかアプローチが違うだけで、りんごを人に伝えているのは同じ。であれば、議事録に絵が入っていてもいいじゃないかというのが僕の考えです。
白熱した議論になればなるほど、矢印を書いたり、丸で囲んで「ここはすごく大事だよ!」って書いたりしますよね。もっと絵が見直されてもいいと思います。みんなあとでいわゆる議事録を読まないのであれば、絵を描いてみたらひとつ前に進むんじゃないかと思います。
たまたま絵を描く人間が絵を描く。音楽をやっている人は音楽を通して自分の葛藤や思いを伝える。文字も絵も音楽も対話の一部だと思っています。どんなタイプの議事録でも、ちゃんと全員に同じ思いが伝えらえるかどうかだと思います。

ポジティブな気持ちが良い結果につながる

――手描きをすることで具体的にどんなメリットがありますか。
まず手書きは楽しいということが最強の魅力だと思っています。何かを考えるにしても、するにしても楽しいっていうポジティブな気持ちが絶対に良い結果につながると信じています。
もちろん絵を描くのが苦手で…という方もいて、そういう人に描く楽しさを伝えるのは「ラクガキコーチ」としての役割になります。
議事録を残す方法はいろいろあると思いますが、手書きの良さのひとつは早さです。文字を打つよりもペンのほうが早く描ける。そのときにタイプだと文字にしかならないけど、手書きだと「丸と三角が並んでいて」というのを、文字じゃなく、〇と△を描くことができる自由度があります。
英語の勉強でも、ただ書くだけじゃなくて声に出して読んだほうが早く覚えませんか。視覚、聴覚、触覚などより多くの感覚を使うことで頭に定着したり、新しいアイデアが出てきたりする。それとまったく同じだと思います。考えて絵を描きながら目で見て、いろいろなものが組み合わさっているほうがイメージも膨らむし、印象にも残る。
逆にパソコンで仕事をするように、何でもデジタルで画一的にスピーディにやれる時代だからこそ、あえて手書きに注目が集まっている気もします。テクノロジーの進化は手書きをすることを変えてくれている部分もあります。iPadでアップルペンシルで書いて、書いた軌跡の動画がちゃんと残るみたいなことができるとか。絵の具を持っていなくてもカラーが使えるようになったとか。
デジタルでデータが大量に保存できて、スピードが早くなってすごく良いことがある。一方でアナログでやれることもある。これが組み合わさってどちらも大事になるんじゃないかなと思います。
たとえば、葛飾北斎の冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」の波は、本物の波をスローモーションにするとあの絵と同じ形になるそうです。きっと北斎にはあの波が感じられていたのだと思うんです。便利だからって全部デジタルに任せちゃうと、僕らの感覚のほうが退化する気がします。便利になって時間ができるんだったら、逆に便利ではないことに時間を使えればいいかなと思います。
葛飾北斎による浮世絵版画、富嶽三十六景の中の一枚(Modern recut copy)、「神奈川沖波裏」

対話の中で人は人の顔を絶対に見る

――北斎が波の瞬間を捉えたように、エモグラフィ*は100通りの人の顔の表情の瞬間を捉えていると言えますね。
エモグラフィを作って良かったと思うのは、表情を認識する機能が人間には備わっているので、それがすごい細かいレベルでできるということを自覚できる点なんです。
たとえば眉毛の角度が0.5度ぐらい違うだけで、2つの顔は違う表情に見えるはずなんです。右のほうをちょっと下げると、少し落ち込んでいる表情に見える。左をちょっと上げると、ちょっとやる気がある感じに見える。この角度ってやっぱり手描きじゃなきゃ面倒なんです。手描きのほうが優れているというよりは、人間が表情を認識する機能をより引き出せるので、僕はたまたまこうやって描くという手段を使うということです。
――エモグラフィの発想はどんなきっかけで生まれたのですか。
エモグラフィは元々ラクガキ講座を始めたときに、「そもそも何を描いていいかわからない」と苦手意識を持っている人が多かったので、何から描いたらいいか考えたのがきっかけです。
「描くと楽しいよ」って伝えたくて、線を描いたり、記号的なものを描いていたんです。そのときに発展性があって、描けたら「おお!」って思われるものがないか考えたら、人の顔になりました。人の顔って感情を表す要素をすごくたくさん含んでいると気づいたんです。
対話の中で人は人の顔を絶対に見る。丸が3つあるだけで人の顔に見えてしまう。心霊写真とかそうですよね。人って人の顔にすごく敏感で、ちょっとした表情の違いもすぐにわかる。
ラクガキ講座のときに、勉強のためにイラスト入門の本を何冊も買って読んだら、全部に怒った顔、悲しい顔って描いてあるんです。でも、いちいち描き方を覚えないと忘れる。だったら誰でもすぐ描けるようにすればいいと思った。最低限の要素を分割していったら、口と目と眉で人の表情は出来上がっていると改めて自分で言語化できたんです。
「みんなこれ覚えてね、適当にやってね」と言っても、ふんわりしていて拠り所がない。そこで口をあいうえおで、目を白と黒で。眉毛を上がりと下がりで。5×5×4で100パターンの顔を作ったんです。「100個の表情が誰でも描けるようになる」と。
『アイデアがどんどん生まれる ラクガキノート術 実践編』より抜粋。
いろいろな人に教えていたら、「100のやつ」「100面相」とか呼ばれるようになったんです。それでこれも名前があったほうがいいなと思って、感情を意味する「エモーション」と書くという意味の「グラフィ」を合わせて「エモグラフィ」と名づけました。
『アイデアがどんどん生まれる ラクガキノート術 実践編』より抜粋。
――「エモグラフィ」は本当に目から鱗のような発想ですね。。
ありがとうございます。なので、アルファベットやひらがなみたいな感じで、「顔って誰でも描けるじゃん」っていう世界になってほしいと思っています。ひらがなって誰の商標登録でもない。使うのに許可はいらない。アルファベットも誰が考えたかわからないけどなくてはならないですよね。エモグラフィもそれぐらいになればいいと思って。エモグラフィに関してはウケるかなと思って自分で商標を取りましたが、「誰が使ってもいいです」と言っています。

エモグラフィ*
眉×4通り、目×5通り、口×5通り のパターンの掛け合わせで、100通りの表情がかけるようになるというメソッド。

チームづくりで本当に大事なのはお互いに知ろうとすること

――会議ですごく発言する人と黙って聞いている人がいるとします。黙っている人の役割もあると思うのですが、そういう人の生かし方はありますか。
ペラペラ発言することが苦じゃない人もいれば、考えに考えて磨いたことをポツリと言いたい人もいる。でも発言は全員に聞くことを強いる。そうしたときに「全員ここでいま考えていることを5分で書き出してみましょう」と書かせてみます。書いて、ひとつずつ発表したり、回し読みしたりする。
書いたり読んだりするのは全員同時にできるんです。リニアとノンリニアを行ったり来たりできる。発言だけだと時間軸がリニアになる。書くことでノンリニアな情報に変換して、お互いの思いを伝え合ったりできる。
――しゃべるより書くほうが平等・公平性が保てるということですか。
はい。お互いに最初の気づきを得た上で話す時間がある。また、コミュニケーションのやり方をちょっと変えたりしていくことで、言いにくいことをどう表現すれば良いかを共有できたりします。
チームづくりで本当に大事なのはお互いに知ろうとすることです。知ろうとするから知ってもらえるんだと思います。一方的に「知って、知って」と言ってもみんな聞いてくれない。「どんなふうに思っているの?」って全員からちゃんと聞く。お互いに聞く関係がそこから始めていくのがチームづくりの心がけかなと思います。
――そのときに絵を描くことが生きてくるのですね。
はい。エモグラフィから作ったエモーションマップというのがあるのですが、僕はそれを対話の場でよく使わせてもらっています。
「働いていてこんな気持ちだよ」とか、「働いていて、もうこれだけは無理だよ」とか。「これだけは許せない」とか。みんなでやると、働くという概念に対して感情を切り口にお互いに思いが出てくる。
それを回し読みしたりすると、自分たちが働くということ、一緒に働いているメンバーとして、何が許せないんだ、何が喜びかがわかります。

テキストにした瞬間に感情が抜け落ちてしまう

――絵を描きながら「ラクガキディスカッション」をやるメリットは何ですか。
会議ではよく付箋に書いてホワイトボードに貼るということをやりますよね。でも文字だけで書かれたものって人は見ないんです。手書きの文字でも結構見ないことがわかるんです。そうすると、エモグラフィのような表情があるといいのかなという気がします。
ラクガキディスカッションは、絵を描くという、いつもと違うことをやるところから始まります。「絵なんか描けないよ」と言う人には、エモグラフィを使って描いてもらう。ラクガキディスカッションをすることで、普段よくしゃべる人としゃべらない人とのバランスを整えられることもあります。
僕らは実際に感情の生き物として生きているはずなのに、テキストにした瞬間に感情が抜け落ちてしまう。そこを描くことで見えてくることはあると思います。
自分の意見を通したいと思って描いていくと、やはりみんなに伝わる。「こいつ誘導しているな」ってなるんです。全員の目的を一緒につくろうと思って描くと、打合せや会議って変わるんじゃないかなと思っています。

文・鈴木涼太
写真・佐坂和也

タムラ カイ(たむら かい)富士通デザイン株式会社
2003年富士通に入社、GUIデザイナーとしてキャリアをスタートし現職。大企業の中で「個の軸」の必要性を痛感、2014年より個人活動として「ラクガキ」という根源的な表現行動を用いたワークショップを開始。独立ではなく社内外を巻き込む道を選び、新たな働き方を模索・実践中。「世界の創造性のレベルを1つあげる」をミッションとして、様々なイベントでのグラフィックレコーディングや、企業・自治体向けに人材育成、チームビルディング、組織マネジメントなどの講演・講座を行なう。著書に『アイデアがどんどん生まれる ラクガキノート術 実践編』『ラクガキノート術』がある。

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