絵を描いて会議の効率化を図る【スマート会議術第81回】

絵を描いて会議の効率化を図る【スマート会議術第81回】富士通デザイン株式会社 グラフィックカタリスト タムラカイ氏

「グラフィックカタリスト」という仕事をご存知だろうか。「絵」に描き起こす「グラフィックレコーディング」を使って、議論や対話の可視化を提供する仕事だ。タムラカイ氏は、2017年にチーム「グラフィックカタリスト・ビオトープ」を結成し、グラフィックレコーディングやファシリテーションを通して新しい働き方や会議のあり方を提案する。

この活動で一般社団法人at Will Work主催「ワークストーリーアワード2017」を受賞。企業や自治体向けに人材育成、チームビルディング、組織マネジメントなどの講演・講座を行う。

なぜ会議で絵を使おうと思ったのか。絵を描くことは会議にどんな効用をもたらすのか。タムラカイ氏に、会議におけるグラフィックカタリストの果たす役割と使命についてお話を伺った。

目次

「グラフィックカタリスト」とは何をする仕事なのか

――「グラフィックカタリスト」という名前はどういう経緯でつけられたのですか。
元々僕には「ラクガキコーチ」という肩書きがあって、絵を描くことを教えたり、絵を描きながら対話や人の話を聞いたりするスキルをコーチングしていました。先にそれがあってグラフィックレコーディングをやるようになると、みんなから「グラフィックレコーダーさん」「グラレコの人」って呼ばれるようになったんです。 でも、課題を解決するという大きな目的があったときに、ただ「グラフィックレコーダー」と名乗ると、僕の仕事が単に記録係になってしまう懸念がありました。
「カタリスト」とは、人が変化していくための「触媒」という意味です。グラフィックカタリストという名前は僕が造語で作りました。「カタリスト」って「語る」と語感もちょっと近いのでいいかなと思って名づけました。
――グラフィックカタリストが集まるチーム「グラフィックカタリスト・ビオトープ」はどういう経緯で立ち上がったのですか。
富士通の共創をテーマにしたオウンドメディア「あしたのコミュニティーラボ」のチームと一緒に活動をしていく中で、新人研修にグラフィックレコーディングを採り入れている人事の女性に出会ったのがきっかけでした。
僕が「グラフィックカタリスト・ビオトープ」を立ち上げたいと思った理由は2つありました。ひとつは仕事の規模が大きくなってきてチームが必要になってきたこと。もうひとつは、ずっと一人で活動していたので、組織としての活動に興味があった。しかも新しい概念を実験してみたいという思いがありました。この2つの理由があって、「グラフィックカタリスト・ビオトープ」という名前として活動を始めたのが最初です。
元々は個人の活動としてグラフィックレコーディングやワークショップをやっていましたが、大規模案件が来るようになって、ある案件でどう考えても5人ぐらいは必要だとなったんです。最初は富士通グループ内の5人に声をかけて始めました。
みんなそれぞれの部署やグループ会社などで働いているのですが、「グラフィックカタリスト・ビオトープ」というチーム名を対外的に打ち出すと、やがて社内外から仕事がたくさん来るようになったんです。
――それぞれどんな職種の人だったのですか。
そのときは人事から2人、デザインから2人、SEの部署から1人でした。普段の仕事の中ではグラフィックレコーディングを使っていなかった人もいました。描くことに長けてはいたけど、当時はプロとしての概念はなかった。「やれる?」「やれる」「じゃあやってみよう!」みたいな感じです。いまは17~18人ぐらいがグラフィックカタリストの肩書きで仕事をしています。

多様性とは人との違いを認めること

――多様性が重視される時代とはいえ、グラフィックカタリスト・ビオトープは、富士通のような老舗の大企業では珍しい試みのように感じます。
多様性が生きる状況は、多様であることが当たり前になることから始まると思っています。だから、絵を描くことが好きな人もいれば、好きじゃない人もいる。そんなものは必要ないという人もいる。絶対に絵を描けっていうわけでもないし、もちろん描きたくないと言う人もいてもいいと思います。
最近流行りの言葉で言うと、「心理的安全性」*があれば、「自分にはこれがない」、あるいは「あなたのそれが良いと思う」とお互いに言える。自分とは違う考えを面白いと思えるようなプラス思考で、自分は絶対じゃないということを知る人が増えたらいいなと思っています。
そういう意味では、いい意味で活動を放っておいてくれる会社には感謝していますね。
――組織において多様な人たちをひとつの方向にまとめるにはどのようにバランスをとればいいですか。
組織には「グループ」と「チーム」という考え方があります。グループはただ集められたもので、チームは共通の目的を持っている。チームを作ることは、同時に共通の目的として「ここに行きたい」「こういうことを成し遂げたい」と考えないといけない。
目標に向かうためのチームにバラバラな要素があるのはすごく良いことだと思っています。ドラゴンクエストみたいに、こっちは力が強いけど、こっちは魔法が使えるとか。全員ただの戦士しかいなかったら、組織としては弱いんです。
向かう目標は同じだから、「この場面では僕が頑張れる」とか、「この場面では自分のこれが生きるかもしれない」と。それをお互いに言い合って、もしダメだとしても、また戻ってきて「じゃあ、こっちをやってみよう」ってできる。それが多様性の良いところです。

心理的安全性*
自分の言動が他者に与える影響を強く意識することなく、感じたままの想いを素直に伝えることのできる環境や雰囲気のこと。チーム生産性を高める方法として、グーグルが発表したことで注目を集めた。

「当たり前」を当たり前でないと意識することから始まる

――チームの環境づくりで意識すべきだと思うことは何ですか。
目的次第ですが、いつもと違うことを考えようと思ったら、やはりいつもと違う場所にいるほうがいいと思います。
大前研一さんの有名な言葉に「人生を変える3つ」というのがあります。ひとつは時間配分を変えること。2つ目は住む場所を変えること。そして、つき合う人を変えること。人はいつもと同じだったとしても、時間配分を変えたり、違う場所へ行ったりすることも大事です。 その場合は、リアルな場所で顔を突き合わせることも良いけど、逆にオンラインコミュニケーションで、制限された状況でやることで見えてくることもある。
大事なのは、いろいろなことに意識的になることだと思います。いつもの場所でいつもの日本語を使って、いつもと同じ時間で、いつものようにやる。人間って同じことがずっと繰り返されると当たり前になるじゃないですか。普段はわざわざ空気があるとは思わない。でも大自然の中で意識すると、「あ、空気っておいしいんだ」と、いつもと違う感覚に気づける。そういうことが大切だと思います。
たとえば、新しいアイデアを考えなきゃいけないから、自由な雰囲気を感じられる場所に行く。厳格に何かをピシッと決めるために、ピシッと閉ざされた狭い場所にする。すごく上下関係がある組織で場づくりをするときは、強制的にあだ名をつけてしまって、全員あだ名で呼ぶ。「課長」も「部長」もない状況です。ルールにすれば、それに従って行動することで意識も変わってくると思います。

対話に求められる「神の視点と虫の視点」

――著書『ラクガキノート術』に「神の視点と虫の視点」について書かれていますが、この考え方はラクガキでどのように生かされるのですか。
NYのコーネル大学で昆虫学の博士号を取得して、アメリカで10年以上の研究生活の後、今は高知県の土佐町で学びの環境のデザインをしている親友がいるのですが、彼と「英語と日本語ってどう違うんだっけ?」という話になったんです。そのとき、彼が「英語は神の視点、日本語は虫の視点だよ」って教えてくれたんです。そのときに例に出してくれたのが、川端康成の『雪国』の有名な冒頭。日本語だと『トンネルを抜けるとそこは雪国だった』。それを聞いたときに、僕らは真っ暗なトンネルを汽車に乗ってガーッと行ってパッと出ると白く見える。 「これって、現場の一番小さいところに入って、虫のようなところから見ているんだよね」と。
この状態を英語で言うと、『The train came out of the long tunnel into the snow country.』。山があります。ここに線路が走っていて、こっちが真っ白です。出てくるところを神が見ている。神が上からすべての状況を見ているイメージです。もちろん、「私は電車に乗っていて、出口を出るとそこは真っ白でした」とも言えるけど、そうではなくて上から見ている。
英語って主語が必要ですよね。だから、「I talk to you」と言うのは、「私があなたに対して言う」だけじゃなくて、神に対しての宣言みたいなものなんだと。私とあなたがいる状況で2人きりの状況であれば、「話すね」って相手に言ったらわかる。それが日本語だ、と。言語の構造が違うので、思考するときに当たり前に思っていることが、実は全然違うこともあるんだと思いました。
よく日本人は察する文化だと言われますが、言わなくてもわかるコンテクスト(文脈)がすごく多い文化だから、ちゃんと外から客観的に見た意見というのが見えなくなってしまう。逆に英語圏の人は、ずっと客観的に見ているから事実はわかるけど、相手が何を思っているのか察するのが苦手なんじゃないかと仮説を立ててみたんです。
――「言わなくてもわかるよね?」という日本的なハイコンテクストと、「言わなきゃわからないでしょ」と言う欧米的なローコンテクストですね。
どちらも良さがあるけど、デザイン思考というスタンフォード大学で生まれた概念があるのですが、その最初に「共感」というステップがあるのは、僕の仮説だと「普段全然共感しないから共感しろ」って言われているんじゃないかと。ローコンテクストだからこそ、ハイコンテクストな、目の前にいる人が何を考えているかを共感して考えましょうと。できないことだからあえて意識させているとすれば。
逆に、日本人は暗黙の共感ができているから、最初は1回離れて客観的に見るほうが本当は大事じゃないかと思います。
虫の視点で話して考え、コミュニケーションをとる日本人が、客観的に見るためにどうしたらいいか?と考えたときに、英語で思考するのはひとつだと思いましたが、今から英語を一からやれと言われても難しいので、僕は絵を描いています(笑)。
たとえば、自分が喜んだり悲しんだりしていることを紙に描くと、これって強制的に僕のことを離れて見ていることになるじゃないですか。なので、神の視点で外から見て描くということは、対話においてとても有効なのかなと思いながら描いています。

文・鈴木涼太
写真・佐坂和也

タムラ カイ(たむら かい)富士通デザイン株式会社
2003年富士通に入社、GUIデザイナーとしてキャリアをスタートし現職。大企業の中で「個の軸」の必要性を痛感、2014年より個人活動として「ラクガキ」という根源的な表現行動を用いたワークショップを開始。独立ではなく社内外を巻き込む道を選び、新たな働き方を模索・実践中。「世界の創造性のレベルを1つあげる」をミッションとして、様々なイベントでのグラフィックレコーディングや、企業・自治体向けに人材育成、チームビルディング、組織マネジメントなどの講演・講座を行なう。著書に『アイデアがどんどん生まれる ラクガキノート術 実践編』『ラクガキノート術』がある。

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