何をして欲しいのか、何を提供できるのか
「共感力」を持てば赤の他人の気持ちを分かることもできる。
私はこの数年間、ある男子刑務所に「満期釈放前指導教育」の講師として毎月通っている。そこで行っている「コミュニケーション」についての講義のなかで、「自分を知り、他人を知る。他人を知り、何をして欲しいのか、自分は何を提供できるのかを伝えることが大切だ」と話している。
そのなかで「自分を知り、他人を知る」ことを伝える時、朝の満員電車にベビーカーを押して乗ってくる若いお母さんにたとえて話している。
満員電車のベビーカーのお母さんの気持ち
まず、「東京や大阪で朝の8時、満員電車を待つ人々で溢れるプラットフォームにべビーカーを押して乗ってくるお母さんの気持ちを考えてみよう」と切り出す。まず、「東京や大阪で朝の8時、満員電車を待つ人々で溢れるプラットフォームにべビーカーを押して乗ってくるお母さんの気持ちを考えてみよう」と切り出す。
刑務所に長い間収容されている彼らは、「自分に若いお母さんの気持ちなどが分かるわけがない」という顔をする。
しかし、ここで丁寧にその状況を話しながら、みんなにその様子を目に浮かべてもらう。
大都会の朝のラッシュは予想を越えた状況だ。カバンが邪魔だ。携帯プレイヤーのイヤホンから漏れる音が気になる。痴漢に間違われたくないので、両手を上げて万歳スタイルの男性もいる。そんな緊迫した車両にベビーカーがやってくるのである。時によっては赤ちゃんも泣きわめいている。
それをイメージしてもらうのだ。
きっとそのお母さんの自宅にはベビーカーを積める大きな車も免許証も、その車を運転してくれる旦那さんや運転手もいないのだろう。移動の時間が午前8時ではなく、11時ぐらいの少し電車がすいた時間帯に移動すればいいのだろうが、それが叶わぬ理由もあるのだろう。そんな状況をどんどん頭に浮かべてもらい、「そこに若いお母さんが『すいません。すいません』といって車両に乗ってきたらどうする?」と聞く。
多数の者が「どうぞ、どうぞ、と乗車を手伝ってあげようと思います」という。「ほらほら、そういう気持ちになったのはお母さんの気持ちが分かったからやん。でなかったら、内心では『うるさいなぁ、邪魔やなぁ』なんて思っていたかもしれへんよね」と話すと全員がうなずく。
「これって、ジャズでいうとアドリブやね。ベビーカーを押してきたお母さんを見た途端、自分がどう動こうかに気づき、その結果、すぐに動いたんやもんね」
続けて「しばらくの間、我慢しようと思うよね。もし自分に子どもがいたら、自分の子どもだったら……と感じた人もいてるよね」と加える。
そして次に「乗ってくる時にお母さんが何もいわずにグイグイと入ってきたらどうする?」と聞き、「気持ちよく協力できないよなぁ」「うっとうしぃなぁという表情になってしまうよね」と私がいうと、みながうなずく。
こうやって話していくと、みんなで朝8時に満員電車に乗って来ざるを得ないベビーカーを押すお母さんの気持ちを理解することができるのである。そのお母さんに共感できているのである。
その時、彼らは協力したくない自分がいることと「なぜ『すいません』のひと言もないのか、このお母さんは」と思ったことに気がつく。
この「すいません」という気づかいのひと言で、「共感」を呼ぶか呼ばないかの差が出ることを学んでもらえたのだ。
そしてそれは実際には気分良くいられたか、気分が悪くなったかの差だけである。物理的には何の損失もなく気分の問題だけだ。つまりこういう時のひと言の大事さを教えるのだ。
女子刑務所で共感した話
また、これはある女子刑務所に行った時に話したことなのだが、女子刑務所の訪問は初めてだったので、その日は「女子力」のいいところを思い出して話すことにした。
その日は仮釈放前指導教育の授業で、全員が早々に出所するというタイミングだったので、せめて励ましの言葉になればと思い、こんな話をした。
「男女は平等ですが、それぞれの特徴を理解することは大事です。最近、働く女性によく会いますが、彼女たちの目の前の課題(タスク)の処理能力は男性にない高いものです。
男性は職場でいうと社長からの号令で、「あの山を目指せ!」「オー!」みたいなことで目標の設定があり、それにみんなでその目標に向かっていくという行動能力があるのはよく知っていましたが、女性は「あの山に登れといわれても、いまやるべきことがこれだけあるでしょ!」と目の前にある幾つものものを片づけられる能力に長けているといえるのです。
それは「目の前のことに手もつけずに山を目指すなんてよくいうわね」という意味も含めています。それをおふくろの家庭料理にたとえたらすぐに説明がついたのです。
私なんぞの料理下手がたまにキッチンに立つと、自分の段どりの悪さに落胆してしまいます。味噌汁をつくったら食べたい頃には冷めてしまっており、また火をかけておいたら煮えたぎらせている。
炊飯器がどれぐらいの時間で炊きあがるのかさえも見ていないので、ハンバーグをつくったり魚を焼いたりして、おかずができたのにご飯がまだ炊けていないとか、惣菜も何とか用意したものを食べ終わって片づける頃に、電子レンジにチンした唐揚げが残っていたのに気づいたりで、ハチャメチャであります。
そんなに私は散々な目に会っているのに、慣れているとはいえ、おふくろは見事に「いただきます」という時にはそれぞれがいい塩梅の温かさでお膳に並んでいます。それは女性の持つ目の前の課題をバシバシと処理していくアドリブ力で、これは男子にない素晴らしい女性の持つ処理能力の見事さだといえます」
こんな話をして「女子あるある」に共感してもらえると、みんなの表情が明るくなる。それはとてもいいことだと思っている。
前科を背負い娑婆に戻り、ひとりの人間としてまた職に就き、なかには家族の元に戻る人もいる。私は彼女たちに少しでも前向きになってもらい、二度と罪を犯さないことを約束してもらうのだ。
矯正施設としての役割からいうと、私の話は少しずれているのかもしれないが、男子には女子の気持ちを推し量る「共感力」を、女子には自分たちでは気づかない特性を「共感」してもらったのだ。そしてこれは私と収容者との「共感」探しでもあるといえる。
- 竹中 功(たけなか いさお)モダン・ボーイズ
- 株式会社モダン・ボーイズCOO。同志社大学卒業、同志社大学大学院修了。吉本興業株式会社入社後、宣伝広報室を設立。よしもとNSC(吉本総合芸能学院)の開校や心斎橋筋2丁目劇場、なんばグランド花月、ヨシモト∞ホールなどの開場に携わる。コンプライアンス・リスク管理委員、よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務取締役、よしもとアドミニストレーション代表取締役などを経て、2015年退社。現在はビジネス人材の育成や広報、危機管理などに関するコンサルタント活動に加え、刑務所での改善指導を行うなど、その活動は多岐にわたる。著書に『謝罪力』(日経BP社)、『よい謝罪 仕事の危機を乗り切るための謝る技術』(日経BP社)、『他人(ひと)も自分も自然に動き出す 最高の「共感力」』(日本実業出版社)がある。