マグロ食べ放題の日々
「マグロ船では、マグロが毎日食べ放題でした」。こう言うと、「うらやましい!」と思うかもしれませんが、正直、そんなにおいしいものではありませんでした。
おいしくない理由は、船酔いをしっぱなしでしたので、そもそも食欲がわかないという最大の理由はあるのですが、ほかにも漁師が自分たちで食べるマグロは、おいしくないのを選ぶのです。漁師が自分たちのおかずにするのは、脂がほとんどなく商品価値も低い、重さが10キロにも満たないマグロです。
そうした理由からか、漁師はマグロの刺身を変わった食べ方をするのですが、それが私には非常にストレスに感じていたのです。
漁船での、正しいマグロ刺身の食べ方
少し厚めに切られたマグロの刺身は、白い大皿一面に盛られ、まるで焼き肉屋で大皿のカルビを頼んだかのようです。
「さぁ~て、食べようかな」と私が思って、真正面にいる漁師の取り皿を見ると、マヨネーズが見たこともないほど、テンコ盛りになっています。
この時点で非常に嫌な予感がしたのですが、箸で持ち上げられたマグロの刺身は、“赤い色”がまったく見えなくなるほど、マヨネーズで真っ白になり、まるでチーズフォンデュのようになっていました。さらにそのマグロは、「スープですか?」と思えるほどタップリ注がれたわさびしょう油にひたされて口に放り込まれるのです。
あきらかに塩分とカロリーの摂りすぎですが、そんなことを注意しても、「フンッ」と、鼻で笑われるだけでした。
私はそれを見ているだけで胃液が逆流しそうになり、また吐き気をもよおすのが常で、「どうしてそんな食べ方をするのだろう?」と気になっていたのです。
漁師はなぜマグロにマヨネーズをつけるのか?
そのことを質問すると、漁師によって答えが異なり、次の3つの説がありました。
1. カロリーを思いっきり消費する仕事だから
以前にもお話しましたが、マグロ船の漁師は1日17時間はハードに肉体を酷使しています。ですから私たちとは比較にならないほど、カロリーを消費しています。
消費したぶんのカロリーを補うため、マグロにマヨネーズを付けると言っていました。
2. マヨネーズを付けると、“トロ”になるから
漁師が食べるマグロには脂が少ないので、“マヨネーズを付ける”という手段で、無理矢理にでも刺身にうま味を出そうとしていると言っていました。私も、ちょっとだけ付けたときは、「あ、おいしいかも……」と思えた日もありましたが、漁師のようにチーズフォンデュ並にマヨネーズを付けると、単にしょっぱいだけで、マグロのうま味も何もなかったというのが私の実感でした。
3. マグロの刺身は野菜に近いから
マグロ船では野菜が非常に貴重です。冷蔵しても日持ちはあまりせず、冷凍してしまえばヘタってしまうため、野菜は常に不足するそうで、コック長は献立を立てるとき、「このあり合わせで何を作ろうか?」と、いつも頭を悩ませるそうです。そこですぐに補給ができて、かつ、野菜に一番近い食べ物がマグロだそうで、マグロを野菜スティクだと見なしてマヨネーズを付けていると話してくれました。ただし、船に乗っているときから今日まで、マグロが野菜に近いと感じたことは、私にはありません。
やせたマグロに、「おいしくない」と言ったら怒られた
ある日、そんな脂のないヤセたマグロを口にして、「あんまりおいしくないですね」と言ったところ、漁師からは、「そげーなことやらで文句を言ってても、ええことやらねーんど」
と、少し怒った口調で指摘されました。「たしかに漁船でそんなワガママは言ってられないんだな」と思い謝ると、「そげーなことやらではねぇ」と言われました。
牛や豚などを食用で殺すときは、作業効率をよくする意味でも苦悶死させないようにする意味でも、一瞬で意識を無くさせるそうです。しかしマグロの場合、まだ一瞬で殺す方法がないため、以前にお話したとおり、生きたまま包丁でザックリ切り裂かれ、内臓を抜き取られます。
「マグロの立場で考えれば、そんな残酷な殺されかたをしたうえ、平気な顔をして『マズイ』と言われたらうかばれないだろう?」と言うのです。つまり、「目の前に出てきたものだけで評価をすると、全体や本質をとらえきれず、間違えたことをしてしまうゾ」と注意されたのでした。
思い返してみれば職場でプロジェクトを任されたころ、私はメンバーであった新人の女性に、「そんな仕事のクオリティじゃダメだよ」と言って泣かれたことがあります。
私の立場で考えれば、新人がやった仕事にはアラがあり、改善してもらわないと困るのです。しかし、その新人の立場としては慣れていない仕事を時間をかけて一生懸命にがんばったのに、冷たく「ダメ」と言われて傷ついたのです。
部下からあがる報告は、いわゆる“結果”であり、上司は目で確認することができます。だからといって、見えている部分である“結果”だけを評価ポイントにして、「そんなんじゃダメだ!」と冷たく対応をしてしまうと部下は落ち込み、一生懸命に仕事をしないようになってしまうのです。
仕事は遊びではないので、当然、いい結果をつくるため、厳しいことを言わなくてはならない場面はあると思いますが、「どれだけ努力をしたのか?」「どんなところに工夫の跡が見えるのか?」など、目で見えない部分についても見ようとする努力をして、「このままでは計画が甘いけど、この辺はよく時間をかけて調べてくれたね」など、やってくれた仕事全体を見て、一部だけでも努力を認めてあげないと、部下の心が腐るのです。
【今週の教訓】
目に見えていない部分にも気を配るのが上司の役目です
※本記事は『マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーシップの極意』から抜粋・再編集したものです。
- 齊藤 正明(さいとう まさあき)株式会社ネクストスタンダード
- 2000年、北里大学水産学部卒業。バイオ系企業の研究部門に配属され、マグロ船に乗ったのを機に漁師たちの姿に感銘を受ける。2007年に退職し、人材育成の研修を行うネクストスタンダードを設立。2010年、著書 『会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ』が、「ビジネス書大賞 2010」で7位を受賞。2011年TSUTAYAが主催する『第2回講師オーディション』でグランプリを受賞。年200回以上の講演をこなす。主な著書に『マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーシップの極意』(ダイヤモンド社)、『仕事は流されればうまくいく』(主婦の友社)、 『マグロ船で学んだ「ダメ」な自分の活かし方』(学研パブリッシング)、『自己啓発は私を啓発しない』(マイナビ新書)、『そうか!「会議」 はこうすればよかったんだ』(マイナビ新書)、『海の男のストレスマネジメント』(角川フォレスタ)など多数。