プライベートは棺桶の広さだけ
マグロ船が普通の会社よりもずっと雰囲気がいいということを知ったのは、船に乗ってしばらくたってからで、出港したてのときは、「どうしよう、本当に船が出ちゃったよ」という焦りや不安で一杯でした。
大分県の港を出港してからは常に重油のニオイがまとわりつく、狭い船だけが自分の世界です。そして周りには浅黒い肌で、典型的な悪役レスラーのような風貌と体格の漁師たちしかいないという、普通ではありえない環境です。
船舶の仕事について経験がないどころか何も知らないままで、気がつくと海の仕事のなかでも最も危険で厳しいマグロ船に乗せられて、見える陸地は、時間を追うごとに確実に小さくなり、自分の存在が、まるで売られゆく子羊のように感じていました。
船のなかではきゅうくつなベッドだけが自分の場所になるのですが、脇にある短いカーテンをシャッ!と開けられれば中は丸見えです。
ちなみにベッドは二段式になっており、それが船員の人数分並んでいます。ひとり当たりのベッドの大きさは、幅は60センチですから、細身の私の肩幅と大して変わりません。縦の長さは180センチですから大きな人は少し膝を曲げないと入りません。おまけに高さは80センチですから、人によっては上体を起こすたびに天井に頭をぶつけます。つまりマグロ船のベッドは、棺桶と同じサイズです。
さらにヒドいことに、ベッドはどこにあるかと言えば、スクリューの真上で、エンジンルームの隣です。なので巨大なエンジンがガタガタ鳴る音やスクリューがゴゴゴゴ!と鳴る音がもろに響き、「道路工事の隣で寝ているほうがまだ静か」という状況でした。
漁師に、「なぜこんなところに寝る場所をつくるんですか?」と、腹立ちまぎれに文句を言うと、「齊藤、マグロ船は“乗り物”じゃねぇ。マグロを運ぶ“コンテナ”じゃ」と妙に納得感のある言葉で一蹴されました。
“凶悪犯ヅラの漁師”・“吐き気をもよおす重油のニオイ”・“寝るに寝られないベッド”など、こうした過酷な環境は、私の思考を暗い方向に向かわせ、「自分は今、凶悪犯に囚われた人質と変わらないのでは?」という気持ちになっていました。
生きて帰ってくるには、漁師を怒らせてはいけない
私はもともと、『西部警察』や『太陽に吠えろ』などの刑事ドラマが好きでした。ドラマでは凶悪犯に捕まり人質になった場合には、自分の命を守るため、犯人に対して「オレには生まれたばかりの子どもがいて、オレがいないとダメなんだ」などと、自分の身上を話します。そして犯人が油断したときに脱走するというようなことをやっていたので、私も「この手だ!」と真剣に思っていました。
そこで私のなかで凶悪犯に見立てた漁師に、「両親は今も健在で、おばあちゃんは私のことを初孫なのでとてもかわいがってくれていて」などと、情に訴えるようなことをたくさんしゃべりました。漁師たちは、最初のうちは「そげーか」とあいづちをうってくれていたのですが、何度も似たようなことをしゃべっていると、だんだん反応が鈍くなり、「これはマズイ……」と、内心焦りだしていました。
そんなとき船長から、「齊藤、おまえ、みんなから好かれようと思って自分のことをしゃべっちょるじゃろ?」と言われ、「凶悪犯にすべてを見透かされている!」というドキッとした思いが冷や汗をかかせ、完全に目が泳ぎながら、「いや、全然そんなことないですよ!」と答えました。船長は、そんな私の言葉などほとんど聞いていないような素振りで話を続けます。
周りの人から信頼を得るために必要なこととは?
「オレたちが若ぇ子たちから好かれるために大事なことって知りよるか?」
「い、いいえ」
「それはの、“相手に関心を持つこと”ど。 齊藤は、自分のことだけしかしゃべりよらん」
船はなだらかな小さな丘を進むように、ゆるやかに上下に揺れていましたが、船長にこう言われたとき、私は船に乗っていることを忘れ、アタマは職場のことを思い出していました。
職場でプロジェクトを担当しているとき、私は「絶対に成功させなければ!」という力みで一杯になっており、メンバーに対して、「これをいついつまでにやってくださいね」という、お願いや依頼ばかりをしていました。さらに予定通りにいっていなかったり、少しでもメンバーがミスをしたら、「え~、なんでそんなことをしたんですか?」と、相手を責めるような文句の嵐を浴びせていたのです。
船長が言うところの、“相手に関心を持つ”ということはまったく行っておらず、「私は今まで、自分のことしか考えていなかった」という事実に、このときはじめて気づかされたのです。船長の話では、“相手に関心を持つ”とは、別に特別なことや難しいことではないそうです。
「趣味は何か?」
「先週の休みには、どこに遊びに行ったのか?」
「小さいころ、どんな職業に就きたかったのか?」
など、わざわざ面談の時間をとって聞き取りをする必要はなく、雑談や居酒屋で話す程度のことで十分なのです。
ただし注意しなければならないのは、“指示・命令”や“武勇伝を聞かせる”などの一方通行のコミュニケーションではなく、相互に話し合う、“会話”の時間が大事だと言っていました。その理由としては次のように教えてくれました。
「結局の、人は自分を好いてくれてる人の言葉でねぇんと、まともに聞かねぇんじゃねぇかいのぉ」
「命令ばかりしてくる人って、嫌われてますよね。 ほぼ確実に……」
「命令ばかりするっちゅーことは、相手を信じちょらん。 内心、『こんバカは、ホントに仕事ができねぇ奴じゃのぉ』と思うちょるから命令ばかりになる」
「『これからやろうと思ってたのに』って、ムッとした感情になることも多いですよね」
「そいじゃき、自分のことばっかりしゃべる奴は嫌われんのよ」
「相手のことを“戦力”に思っていたり、“いいところがある”と思っていたら、相手のことをもっと知りたくなるのが自然ですよね……」
「人はつい、『自分が一番じゃ!』と勘違いしよるもんのぉ」
「だから、なかなか相手に関心を持てず、自分のことばかりしゃべるんですね」
「部下があなたの指示を聞いてくれるようになるためには、部下に関心を持ちましょう」と言えば、それは間違ってはいないのですが、本質を捉えていないと思います。
本質的には部下の優れた点にちゃんと気づき、「彼(女)らは、力を合わせて業績を挙げていくためのパートナーなんだ」と、ある意味では対等な立場だと思うことで自然に相手に興味を持っていくことが理想だと思うのです。
※本記事は『マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーシップの極意』から抜粋・再編集したものです。
- 齊藤 正明(さいとう まさあき)株式会社ネクストスタンダード
- 2000年、北里大学水産学部卒業。バイオ系企業の研究部門に配属され、マグロ船に乗ったのを機に漁師たちの姿に感銘を受ける。2007年に退職し、人材育成の研修を行うネクストスタンダードを設立。2010年、著書 『会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ』が、「ビジネス書大賞 2010」で7位を受賞。2011年TSUTAYAが主催する『第2回講師オーディション』でグランプリを受賞。年200回以上の講演をこなす。主な著書に『マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーシップの極意』(ダイヤモンド社)、『仕事は流されればうまくいく』(主婦の友社)、 『マグロ船で学んだ「ダメ」な自分の活かし方』(学研パブリッシング)、『自己啓発は私を啓発しない』(マイナビ新書)、『そうか!「会議」 はこうすればよかったんだ』(マイナビ新書)、『海の男のストレスマネジメント』(角川フォレスタ)など多数。