ビジネスでお互いの理解を深めて、距離も縮まるサプライズギフトがあります。
それが「書交」です。
「書」を交換するという意味ですが、この「書交」はお互いのリレーションシップを高めるために有効です。企業研修で実際によく行うのですが、お互いのことをよく知るために、それぞれが自分のことについて3分ほど話をしてもらいます。具体的には、
・仕事を通してどうなりたいか?
・将来の夢は何か?
・チャレンジしたいことは何か?
などを話します。互いに3分ずつ話したら、その話を聞いた相手を念って漢字を一文字、小さな色紙や名刺の余白に書いて交換し合います。
相手を漢字一文字で表すのはかなり難しいですが、自分のことを念っていただいた文字は、もらうと嬉しいものです。
初めてお会いして、そろそろ打ち合わせも終了するという頃合いに、「せっかくお会いできたご縁ですから、お互いに漢字一文字ずつを送りあって交換しませんか?」 と話してみてください。
30分ほどの商談であっても、その人となりや冒頭のつかみの雑談で、出身や名前の由来なども聞いています。お互いの印象も何となく構築できているはずです。足りなければもう少しお話ししてもよいかもしれません。お互いの夢の話やチャレンジしたいことなどです。
そして「相手にどんな漢字を贈ったら喜んでくれるだろう」ということを想像しながら漢字一文字を選び、先ほどお渡しした自分の名刺に書いて再度お渡しします。そして、「なぜその文字を選んだのか?」「その文字にはどんな意味が込められているのか?」 を説明します。これで双方とも互いのことを一歩踏み込んで知ることになるのです。
相手のことを「念い」、相手の立場に立って、相手がこの言葉をもらったら嬉しいだろうというところまで考えて「書交」となります。
この「書交」の際には、相手からもらう文字が上手いか下手かはまったく問題視されません。互いが互いのことを念って一文字のプレゼントをいただけると嬉しいものです。
互いにほんの少しの時間ですが、相手のことを思いやる時間を共有する感覚は日常ではあまり味わえない温かな時間です。文字を渡す行為を海外で実践する場合は、「あなたのお名前を漢字で書きますよ」 と言ってお渡しすると、すごく喜ばれます。漢字の意味をお伝えして、さらにオンリーワンのお土産としてお持ち帰りいただけるのです。素敵な日本の文化を手軽にお渡しできるプレゼンテーションです。
ここまでは、出会った人との個人と個人の関係をいかに印象づけるか、手書き文字を効果的に使うことで、相手の心にふれ、お互いにとっていかに特別なものにできるかという話をしてきました。
ここからは自分と不特定多数、つまり「一対多」の関係における効果的な自分の見せ方、メッセージの伝え方という観点を考えてみたいと思います。
プレゼンテーションのように直接対面するものか、新聞広告やウェブサイトのように非対面のコミュニケーションかという区別もありますが、一対一のように深いやりとりができない中で、いかに効果的な打ち出し方ができるかがポイントになります。
これはマテリアル(プレゼン資料や広告表現)に手書き文字を織り込んでいくことになるのですが、たとえば、会社のメッセージを広く伝えたいケースでは「経営者が自筆で書く文字」というのは非常に説得力があります。「手書き」からはその人の人格、思想観、人柄を感じることができます。
「会社が一部上場しました」という新聞広告を打った際に、代表者のサインが自筆で最後に入っていると、文面そのものはタイピングされた文字であっても、名前の手書きサインがあることで、その人自身が「念い」を語っているように深く伝わります。
これがすべて印字された文字だと、信頼感が醸成されにくかったり、温かみが感じられなかったり、親近感が持てなかったりするのに対して、「手書き」はそれを感じ取ってもらうことが可能です。
企業理念や今期のスローガンなどが手書きになるだけで、社内にもトップの意思や気持ちを浸透させていく度合いが高まります。
「手書き」の中でも特に「筆文字」には迫力や力強さがありますから「ここぞ」という場面でワンポイントで使うとさらなる効果も期待できます。
2012年9月19日にソフトバンクアカデミア特別企画として、「孫正義×柳井正 (ファーストリテイリング社長)特別対談『志高く』」を開催しました。このときの対談タイトルである『志高く』を、「ご来場いただいた1500名の皆様のテンションを一気に高めたい」という「念い」を込めて揮毫し、スライドに取り入れました。
また、過去に私が行ったプレゼンテーションで、海外に向けて日本企業の技術力をいかに世界へ広め、日本の中小企業をグローバルへ売り込み、日本を復活させられないか? という「念い」を込めた事業提案を行いました。
そこで、スライドに使用したのが、手書きの「日本復活」です。
いかがでしょうか? 復活しそうな力強さを感じ取っていただけるでしょうか?
最近だと、講演内容を絵でまとめる、「グラフィックレコーディング」があります。
手書きであっという間にそのときの話の内容や雰囲気などを端的に伝えるものです。これも手書きで伝わる一例です。後で見返してもその場の雰囲気が手に取るように伝わってきます。
レコーディングされた方の「念い」も 登壇者の「念い」と同様に伝わってきます。聞き手と話し手が伝わったことと伝えたかったことが合致しているかどうか? つまり、伝えたいことが伝わっているかどうかも一目瞭然です。
プレゼンの資料において、タイトル、キーメッセージ、全体の演出など、どういった意図でどんな効果を狙って、どこに、どのような筆記具を使って「手書き」を挿入するかについての「正解」はありません。さまざまなところで手書きの効果を盛り込むことが可能です。
※当コラムは著書『ミニマム・プレゼンテーション』を基に補筆したものです。
- 前田鎌利(まえだ かまり)
- 書家/プレゼンテーションクリエイター、株式会社固(https://katamari.co.jp/)代表取締役。一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事。東京学芸大学卒業後、17年にわたりIT業界に従事。2010年にソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、初年度第1位を獲得。2013年にソフトバンクを退社、独立。2016年、株式会社固を設立。ソフトバンク、ヤフー、ベネッセ、 SONY、JR、松竹、Jリーグ、JTなど年間200社を超える企業にて講演・研修を行う。著書に『ミニマム・プレゼンテーション』『プレゼン資料のデザイン図鑑』『社内プレゼンの資料作成術』『社外プレゼンの資料作成術』ほか多数。